お菓子としあわせと

「dolcetto o scherzetto!」

扉を開けるなり叫んだナマエに、ナランチャは一瞬きょとんとして、それから呆れたように顔を歪めた。

「あの、さぁ……」
「イタリアでハロウィンが無いのは知ってる。でも近年ではアメリカ文化の影響でパーティーする子供たちも多いし、良いかなって」
「意味わかんねえよ」
「わかってよ、だからつまり騒ぎたいだけなの」
「……ジャッポネーゼって祭り好きなのか?」
「知らないけど、少なくともわたしはそう」

楽しそうな様子のナマエに反して、ナランチャは眉を寄せて面倒臭そうに視線を横へ逸らす。しかしそれでもナマエは構わない様子で、彼へ歩み寄って再び言った。

「ねえ、だから、dolcetto o scherzetto? お菓子か、いたずらか」
「だって、ねえよ、お菓子なんて」
「そんな気はしてた」
「いや、でも」

ナマエは笑みを浮かべて、いたずらを楽しむ子供のようにナランチャへ詰め寄った。対するナランチャはぐっと唇を噛み締めて不満げに呟く。

「……だって、知らねえもん、アメリカの祭りなんか」

それを聞いたナマエは一層可笑しそうに声を立てて笑って、彼の手を取って引っ張った。
ナランチャはハロウィンというその文化すら知らなかったのだ。もともとアメリカのものなのだからそれは知らなくてもまったく問題は無いのだが、おそらくはそのハロウィンを楽しみにしていたナマエに対して、機嫌を損ねてしまったのだろう。
ナマエが楽しそうにお菓子を求めてきたというのに、自分は何の用意もしていないから。祭り好きの彼女に、何のパーティーも用意してやれないから。
彼の考えそうなことである。わかっているから、だからこそナマエは笑った。

「いいのよ、ナランチャ、いいの。変な気遣いはナシよ。……ねえ、ほら」
「だって、ナマエ」
「わたしがいいって言うんだからいいの! 今日は、お菓子がなくても許してあげる。だから今から買いに行きましょう。今日だけは好きなだけ買っていいわ。2人でパーティーしましょう」
「……パーティー?」
「そうよ、パーティー」

くすくすと笑って、踊るように軽やかな仕草で靴へ足を通して、彼の手を引く。
彼女の動きに合わせて、スカートがふわりと広がった。

「なーんか、おまえってさァ……日本人っぽくないっつーか、さ」
「イタリアに来てからこうなったのよ。周りの影響。何か問題でも?」
「ないよ、ないけど」
「……うん、ナランチャの言いたいことはわかる」
「はあ?」
「言わないわよ、だって言ったらナランチャ怒るでしょう」

不服そうにナランチャは唇を尖らせたが、しかし機嫌が悪いということもないらしい。
ナランチャはいつも楽しげな彼女に振り回されて翻弄されているようなその不安定さが嫌なのだ。
ナマエとしてもそれは充分にわかっていることであったが、彼女はナランチャのその不満げな表情が好きだった。ただでさえ実年齢より若く見える彼の、子供っぽい顔が好きだった。
実際、ただそれだけのことなのである。

「ハロウィンのお菓子ってかわいいのよ。かぼちゃのかごに入ってたりとか、おばけの形のクッキーとか、色々」
「……話、逸らしただろ」
「あら、気付いた?」
「ばかにすんなよな、いつもいつも」
「してないわよ、ただ、可愛いなって」
「……そういうとこ」
「ええ、もちろんわかってる」
「だったら、」
「直す気はないのよ?」

そんな彼女の様子を見て、しかしそれでも嫌いになれないのは、突き放してしまえないのは、つまり『惚れた弱み』というやつか。
思えば自分は彼女のそういう自由なところが好きなんだった、と今更のように思い出して、ナランチャはふっと表情を緩めた。
会話のために立ち止まっていた彼女の手を今度は自分が引いて、彼女の前を歩く。

「ナマエは何のお菓子が好きなんだよ」
「何でも好き」
「そんなこと言ってるとスッゲェ変なの買うぞ」
「え? それも楽しそうね」
「……なんだよ、バカみてえ」
「ナランチャに言われたく、ない」

言って、互いにくすくすと笑った。
彼女はちょっとだけ早足になって、追いかけるようにしてナランチャと並んだ。隣を歩く形になった彼女をちらりと横目で見て、また少し微笑する。

「ピザ味のミルククッキー……かぼちゃ型」
「やだ、馬鹿みたいね」
「なあ、何だよこのかぼちゃ味のコーヒーって」
「それはもはやコーヒーじゃあないでしょう」
「かぼちゃプリンは」
「かぼちゃプリンなら普通でしょう。美味しそうよ」
「おばけキャンディ?」
「それも普通だわ」
「……変なお菓子が良いのか?」
「いいえ、何でも」

ナランチャは少し悩むようにそれらのパッケージを見つめて、それからぽいとかごの中へ放り投げた。

「ああ、じゃあもう全部買おうぜ。パーティーだし」
「全部? ……良いわ、全部買いましょう。パーティーだし」

くすくすと。街中を歩く他の誰よりも楽しげにふたりは笑う。
ああ、そうだ、良いじゃあないか、これで。無理して背伸びして彼女の望むものを先回りで準備しなくても、きっと彼女は一緒に全て選んでくれる。同じように隣で笑ってくれる。これで良いじゃあないか。ハロウィンを知らなくたって、彼女の好きなお菓子を準備していなくたって、いや、むしろこっちの方が断然いい。

「なあ、帰ったらパーティーすんだからあのキャンドルも買おうぜ」
「それ最高、……あとこの飾りも」
「金、足りる?」
「……さあ」

彼女と笑って、馬鹿みたいに騒いで、年中パーティーしてる方が、きっと何よりも楽しい。
たぶん自分は今とてもしあわせなのだと、ナランチャは思う。思って、それを隣の彼女に伝えるようにして、愉快そうに大きく笑んだ。