お買い物へ行こう

「ディエゴ、今日は仕事お休みなの?」
「ああ、そうだが……どうかしたのか?」
 
 コタツでゴロゴロしながら、隣のディエゴに話しかける。わたしが来た日からずっと忙しそうな彼だけれど、今日は昼前までずっと家にいる。ディエゴとはまだあまり沢山話すタイミングが無かったから、今日がオフなら良い機会かもしれない。珍しく他の住人たちも出かけていることだし。

「ねぇディエゴ、わたし暇だわ」
「暇って言ったってな……残念ながらこの家にある娯楽はテレビかトランプくらいのモンだぞ」

 なんでそんなに娯楽が少ないんだ。そしてなんでトランプはあるんだ。
 多分、人外たちは人をからかったり周囲を破壊しているだけで充分楽しそうだし、吉良たち大人はもういい年だし、ドッピオくんは家事やディアボロの世話焼きが趣味のようなものだしで、そんなに娯楽という娯楽が必要ないのだろう。にしても、そんなルームメイトたちが顔を寄せ合ってトランプをする様は、想像しただけで笑えてしまうけど。

「トランプ……二人でやるには微妙よね……」
「じゃあ……囲碁とか、将棋とか」
「ええ……ちょっとそれはわたしには渋すぎるわね……。ディエゴっぽくもないし。他に何かないのかしら?」

 まあでも、無いものは無いんだろう。そう思って特に期待せず言ったけれど、ディエゴがコタツから出て立ち上がるので驚いてしまった。

「ん? ディエゴ?」
「買い物でも行くか」

 買い物。買い物……。ってそれ、おつかいに付き添えってことじゃあないの。ちらりと冷蔵庫の方を見ると、吉良とドッピオくんが書いたらしきメモがマグネットでくっつけられている。

「嫌なのか?」
「別に嫌じゃあないけど……寒いじゃない」

 寒い時には外に出たくないわたしはやっぱり日本人だなあと思う。コタツから出たくない。コタツを愛しているので。
 出掛けるくらいなら、暖房の効いた部屋で1日中ボーっとしてるほうがよっぽど良いとすら思えてしまう。さっきまで暇だ暇だとぼやいていたわたしが言っても説得力は皆無だけれど。

「店に入れば暖いぜ?」
「店に着くまでが寒いのよ」

 行き帰りが寒くては、店内が暖かくても何の意味もないのだ。どんなに上着を着込んでも、寒いものは寒い。寒さに弱いわたしには死活問題だ。

「そのくらい我慢しろ。大した寒さじゃあない。今日は何故か全員出掛けてるから、俺かお前くらいしか買い出しに出られる奴がいないんだぞ」

 そう、今日は珍しくDIOやカーズやディアボロも居ないのだ。あのニートたちにいったい何の用事があるのか、さっぱり分からない。特にディアボロが外に出るなんて珍しいことだ。死なないか心配だけど――案外、ドッピオくんの姿で歩き回っているのかもしれない。それなら少し安心だ。

「あー……一人でここに残るのはやっぱり退屈ね……。分かった、行きましょ」

 そう言うとディエゴは満足したように笑った。なんだかんだ、ディエゴも一人で買い物へ行くのはつまらないと思っていたのかもしれない。まあ、ディエゴと初めてゆっくり話せる機会だと思えば、これはこれでありだ。

「買う物はここに書いてあるからな」
「お使いメモってなんかこう……懐かしのアイテム感があるわよね」
「懐かしのアイテムって何だよ」

 だってお使いメモなんてベタすぎる。今時は、あれを買ってきて、みたいなメッセージで済ませるんじゃあないだろうか。おつかいに行ったことがないのでわからないけど。

「ま、何にしても、とっとと行ってとっとと帰ろう。早く準備してくれ」

 準備と言ってもわたしは大したものも持ってないので、持って行くとしてもお財布くらいだ。正直そんなにお金は持っていないけど、まあ、今回のおつかい代くらいは後から請求しても良いだろう。誰に?って話だけど――そこはあえて考えないでおこう。

「ディエゴ、そこの鞄とって」
「これか?」

 大した荷物もないので小さめのショルダーバッグを肩から下げ、掛けてあった上着を羽織る。今日は寒いからマフラーもして行こう。それでもまだ寒いんだろうな、と思うと少し憂鬱な気分になる。買い物に行くって決めたんだからしっかりしなさいよ、と脳内で自分を励ました。

「わたしは準備できたわ」
「俺はもう済んでる。じゃあ行くか……まずはドラッグストアかな」

 ディエゴがお使いメモを確認しながら言う。

「ドラッグストア? 何を買いに行くの?」

 誰か怪我でもしてたっけ? 風邪薬とか……?

「いや、湿布を買いに」
「湿布!?」

 意外な返答だ。誰が湿布貼ってるんだろう。カーズとかDIOとかプッチはそんなイメージないし。ディエゴ?いや、あんまり想像出来ない。吉良辺りが使うのか……?サラリーマンは肩が凝るのか。確かに吉良が使っているのはしっくり来る気もする。でも、湿布が似合う男ってどうなのよ。

「何でもいいさ、行こうぜ」
「ちょ、置いてかないで!」

 ディエゴはもう玄関へ向かっていた。わたしも急いで後を追う。外に出ると、暖かい部屋から一変して冷たい風が吹き付ける。マフラーや上着のおかげであまり寒くないけど、顔に風が当たってとても冷たい。

「戸締り、確認した?」
「当然だ」

 そういえばドラッグストアってどこにあるんだろう。こっちに来てからあんまり外を歩いていないから、この辺りの地理には完全に疎い。とりあえず、ディエゴについて行くことにしよう。ディエゴはあの中ではまあ常識人で普通な部類だ――と思う――し、きちんと目的地へ向かってくれるだろう。

「しかしまぁ……湿布を買う為だけにドラッグストアへ行くのも面倒な話だな」
「そうね。スーパーの中にドラッグストアがあれば良かったのに……あ、もしかしてここ?」
「ああ」

 ディエゴが面倒臭がるからどれだけ遠いのかと思ったけれど、案外すぐ近くにあったらしい。自動ドアを抜けて中へ入る。薬の匂いで、鼻がツンとした。でもそれ以上に、店内の暖かさのおかげで快適だ。ほっと息をつくと、ディエゴが鼻で笑ったような気がした。気のせいだということにしておきたい。
 ひとまず、湿布のコーナーへ向かう。それらしき棚を見てみるけれど、色々な種類があってどれにすればいいか分からなかった。

「ディエゴ、どれが良いの?」
「いや、俺が使うんじゃあないからな。吉良はメーカーだとかは何も言ってなかったし、どれでも良いだろ」

 どれでも良くない。こういうのは自分のいつも使う物でないと落ち着かないものなのだ。

「こだわりがあるかもしれないじゃない。わたしだったらあるわよ、そういうの。湿布じゃあないけど」
「あのなあ、お前が使うんじゃあないんだから関係なくないか?」

 その一言で「それもそうだな」と思ってしまった。わたしの気遣いは数分と保たなかったけれど、一応使う人間のためにメーカーを吟味しようとしたその気持ちだけは認められて然るべきだと思う。いや、諦めて適当な物を手にとったとはいえ、一番効きそうなのを選んだのだ。少しでも楽になれば良いなと思っている。

「お前はほんっとうに吉良に懐いてんな……あの手フェチ爆弾魔の何がいいんだ?」
「べつにそういうんじゃあないけど……なんだかんだ1番お世話になってるもの。家事だってほとんどやってくれてるんだから、一応の感謝よ。それって母親に感謝するのと同じようなものでしょ?」

 みんなだって吉良に頼ってばかりなのだから、みんなもっと感謝したほうが良いのではとすら思う。手に興奮する性癖は理解しがたいところだけれど、吉良自身のことはそれなりに好きだ。話しやすいし、接し方は1番優しい。優しいというか、本人としては穏便にトラブルを避けているだけかもしれないけど。

「いや、俺だって頑張って家計支えてるんだが」
「じゃあ、ディエゴはお父さんみたいなものね」

 そう言って笑うと、ちょっと嫌そうな顔をされた。なにが不満なんだ。今のディエゴのセリフはよくある父親のセリフそのものだったのに。

「お父さんって……もっと何かあるだろ」
「他に、って言うなら、もうみんな子供みたいなもんじゃあないかしら」

 そう言うと呆れたように鼻で笑われてしまった。わたし的にはまったくその通りだと思うんだけど。特に人外ズのはしゃぎっぷりは子供と大差ないと思う。DIOはなんだか大人の余裕を見せ付けようとしてくるけど。

「子供っていうならドッピオが一番子供じゃあないか?」
「でも、ドッピオくんは結構しっかりしてるわよ。一番お子様なのはDIOとカーズでしょう? ディアボロはちょっと駄目なところのあるお兄ちゃんで、ドッピオくんがその1つ下くらいかしら。プッチはそんなに子供っぽくないけど……まあ長男なのかしらね」
「どんだけ細かく家族設定作ってんだよ、お前は。暇か?」

 家族の彼らを想像すると、なんだか笑えてくる。似合うような似合わないような、奇妙な感じだ。とはいえ、彼らが家族だとしても、今の生活ぶりとそれほど変わらないかもしれない。

「で、玲香はどのポジションなんだ?」
「え……わたし? そうね……そう言われると、自分のことは想像しにくいわね。後で他のみんなに聞くとするわ」
「あいつらに聞いてまともに答えてもらえるとも思わないけどな……」

 たしかに。餌だの食糧だの言われそうな予感しかしない。

「とにかく、次に行こう。後は食材とか買って帰るだけだな。スーパー行くか」
「そうね」

 食材か……今日の晩ごはんは何だろう。とりあえずこの湿布を買ってしまわないといけないので、まずレジへ向かった。会計を済ませて、外に出る。

「やっぱり寒いわね……」
「それだけ厚着してて寒いのか?」

 厚着をしても外は寒いというのに、ディエゴはこんなに平気そうだからなんだか腹が立つ。一緒になって寒がってくれてもいいのに、わたしが寒いと言う度に笑われてしまうのだから気に入らない。

「もう、なんなの……。自分が寒くないからって」
「そりゃあ、まあ鍛え方が違うからな」

 そもそも、わたしは鍛えていないのだ。もっと鍛えてれば寒い日も平気なんだろうか。これからはもう戦うこともないのだろうし、鍛えようという気にもならないけれど……。

「……手袋もしてれば良かったわ」

 とにかく顔と手が冷たい。厚着をしても顔に当たる風の冷たさはどうしようもない。手くらいはまだどうにか出来たはずなのに、手袋を持っていない自分が恨めしい。

「片手だけならあっためてやるけど」

 ディエゴに右手を握られる。正直びっくりしたけれど、あまりに自然にすっと握られたので、本当に他意はないのだろう。そういうところはさすがだなと思う。良くも悪くも。

「手、あったかいのね。こんな寒いのに」
「まあな。だから言ったろ、鍛えてるからだって」
「そういうもんなのかしら?」
「そうだろ。鍛えてから言え」
「……馬鹿にしてない?」

 そんな馬鹿な話をしているうちに、スーパーに着く。スーパーの中は、さっきの薬局よりは少し温度が低いように思う。食材が傷まないようにしているのだから、文句は言えない。

「ディエゴ、ちょっと先に買い物してて! わたし、ちょっと個人的な買い物をしてくるわ」
「そうか、じゃあ終わったらそこら辺に居ろよ」
「OK、じゃあまた後で!」

 それだけ告げ、目的の場所へ向かう。わたしは商品棚から目的の物を数個手に取り、急いでレジへ向かうと、会計を済ませた。わざわざ二人で来たのだから、いつまでも一人で買い物をさせるのもディエゴに悪いような気がする。できるだけ早く合流しようと、ディエゴの姿を探した。

「えーっと……この辺のはず、よね。ディエゴー!」

 さっき「そこら辺」と言った辺りへ来たけれど、彼は居ない。もうこのコーナーでの買い物は済んでいて、他のところへ移動したんだろうか?

「ここだぜ」
「わっ……居たの? わざわざ驚かせなくたっていいじゃない」

 声が聞こえたのは後ろからだった。ぽん、と両肩に手を置かれてつい驚いてしまった。むっとして軽くディエゴを睨みつけるけれど、彼はまったく意に介さない様子だ。絶対わざと驚かせたんだと思う。

「ああ。それで? 買う物って何だったんだ?」

 わたしは、持っている紙袋をそれをそっと後ろに隠す。

「ふふ、ひみつよ! 後で分かるわ」

 人差し指を立てて口元に当てて言うと、ディエゴは「後で分かるなら今でも良いだろ」とかなんとか言っていたけれど、とりあえず今は気にしないことにしたらしい。後で分かるから良いのであって、今わかったって面白くない。

「そんじゃ、帰るか。買い物はこれで全部のはずだし」

 お使いメモを眺める。食材から晩ごはんのメニューが分かるかと思ったけれど、残念ながらわたしにはよく分からなかった。普段から凝った料理をしているわけでもないし、作るにしても材料が似たりよったりになってしまうのは否めない。日常的に美味しい料理が作れる吉良は純粋にすごいと思う。

「そうね、早く帰りましょ」

 店を出ると、再びディエゴに手を握られた。寒がるわたしを面白がっているくせに、こういう気遣いはしてくれるらしい。紳士なんだかどうなんだか、正直よくわからない。でも、ディエゴは歩幅も合わせて歩いてくれているので、わたしの中では「比較的紳士寄り」ということにしておこう。

「買い物も、たまには良いかもね。家にいるよりは楽しいわ」
「だな。今度からも一緒に行くか」

 それだとお使い当番をずっと引き受けると言っているようなものなんだけど。ちょっと苦笑すると、「お前と行く買い物は面白いからな」と微笑まれた。その”面白い”は楽しいとかそういうのじゃあなくって、面白がってるやつでしょ。そう言って睨みつけると、ディエゴはくくっと笑った。でも、一緒に行きたいと言われればわたしだって悪い気はしない。