お買い物へ行こう

「ただいま!」

 誰もいないだろうと思いつつもそう言うと、全員分の声が帰ってきたので驚いた。

「あれ? みんな、帰ってたのね」
「ああ、帰ってきたら玲香が居ないから心配したよ」
「吉良ったら、何の心配よ。わたし、ディエゴとお使いに行ってただけよ」
「ディエゴと?」

 吉良がディエゴを見る。

「おう、冷蔵庫に貼ってあったメモのやつ、買っといてやったぜ」
「そうか、ありがとう。そっちに置いといてくれ」

「玲香玲香、その袋は何なのだ?」

 二人が買い物袋の整理をしている隙に、カーズがわたしの持っている方の袋に目を付ける。正直、「よくぞ聞いてくれました」という感じだ。
 
「ん、これ? ……気になる?」

 ニヤっと笑って、勿体ぶるように袋を目の前で軽く振る。

「玲香が買う物だからな……どういう物なのか想像もつかない」
「どういう意味よプッチ……DIOは? 何だと思う?」

 プッチに呆れた顔を返して、DIOの方を向く。

「いや……まったく分からんな。このDIOに対する献上物か?」

 そんなわけがないでしょうと言いたいけれど、当たらずも遠からずなのが悔しいところだ。にしても、自分を何か献上される立場だと思えているその自信が羨ましい。

「全員外れよ。手、出してくれる?」

 袋を開けて、中身を取り出した。そしてそれを、一人一人に手渡していく。

「これは……」

 一人一つ、両手に収まるくらいの大きさのクッキーの缶だ。大したものでは無いけれど、これからよろしくの意味を込めて。

「ふふ、わたしからのプレゼントよ!」

 ここに来てまだ数日だけど、お世話になってるもの。そう言って微笑むと、DIOの腕がこちらへ伸びてくる。

「ぐぇ……ちょっとDIO、やめて。苦しいわ」
「玲香、お前にも可愛らしいところがあるではないか。そんなにわたしの女になりたいか?」
「誰がいつそんなこと言ったのよ」

 突然何を言い出すんだこいつは。クッキー返してもらおうかな。もういっそわたしが全部食べた方がいいかもしれない。そうしよう。吸血鬼なんだからクッキーなんて食べなくてよろしい。

「……ねこちゃんなのだ」

 カーズは嬉しそうにクッキーの缶を見つめている。猫のイラストが描かれたものを選んで良かった。動物好きのカーズは人一倍喜んでくれたようで、なんだか微笑ましい気持ちになる。いかついフンドシ男なのになんでだろう……。

「サンキュー、玲香。こんなの買ってたなんて思わなかったが」
「こちらこそよ。ディエゴとお使いに行ったから、買おうと思ったわけだし」

 ディエゴも気に入ってくれたのなら良かった。そもそも一人だったらわざわざ外出する気にならなかったから、ディエゴと出かけたおかげでもあるのだ。

「玲香……お前は俺にも優しくしてくれるのか……お前とドッピオだけだそんな奴は……」

 ディアボロなんてちょっと泣いちゃってる。普段のみんなからの扱いの酷さが窺える。可哀想に。さすがのわたしも同情してしまう。

「クッキー、か……なるほど。おかしなものではなかったな。ありがとう玲香」

 プッチは一体わたしが何を買ってきたと思ってたんだろうか。別にそんな変な物買って来たりはしないんだけど。プッチはわたしを何だと思っているんだ。

「玲香、ありがとう。……出来れば、玲香の手で食べさせてほしいんだけどな」

 吉良は吉良で、わたしの手を見る目が怖い。あまりにもガチだ。勘弁してほしいところだが、この間のしょんぼりした吉良を思い出すとどうにも強く否定しづらい。

「き、気が向いたらね……」

 とりあえず苦笑いしておこう。とにかく、みんなプレゼントを気に入ってくれたみたいで安心だ。クッキーが苦手だったらどうしようかと思っていたのだ。どうしようも何も、その時はわたしが食べるけど。

「――あ、そうそう」

 さっきのディエゴとの会話を思い出して、ぱちんと軽く手を叩く。

「あのね、吉良がお母さんなら、我が家の家計を支えるディエゴがお父さんで、問題児のDIOとカーズが末っ子、お兄ちゃんのディアボロと、その1つ下のドッピオ、長男はプッチ。……っていうのを、さっき店でディエゴと話してたの」

 なんて言ってみると、数名が不満そうに顔を歪めた。なんとも予想通りの反応で、ちょっと面白い。

「問題児だと……? 玲香貴様、このDIOをそんな目で見てたというのか……」
「解せぬ……」
「私はお母さんポジから変更無し、か……」

 とはいえ、あくまでごっこ遊びの範疇というか、「もし家族だったらこんな感じ」というイメージの話でしかないのだけれど。何事にも全力で一喜一憂する彼らを見ていると、父も母も無く全員子供なんじゃあないかとすら思えてくる。

「ん? それなら、玲香はその中でいったい何になるんだ?」
「よくぞ聞いてくれたわプッチ!」

 ふふんと笑うと、彼は不思議そうに片眉を吊り上げた。わたしもこういうもしもの話でテンションが上がるタイプなので、彼らばかりを子供だなんて言ってられないかもしれない。

「そう、さっきディエゴとも話したのよ。わたしはどのポジションなのかって。……みんなはどう思う? 自分じゃあ分かんないわよね、こういうの」
「私の彼女――いや、彼女はまずいな。爆破する気はないし、今のところ。家族だしお嫁さんかな?」
「吉良、冗談はほどほどにしなさいよ。わたしじゃあなくって、わたしの手でしょ?」

 どさくさに紛れて手に触れようとする吉良を押し退けると、彼は残念そうに苦笑した。手を好き勝手されるのは心底嫌だけれど、そういう顔をされるとばつが悪い。本当に勘弁してほしい。

「何を言っている。このDIOの食りょ――女だが?」
「食糧って言おうとしたわね!?」

 本当に嫌だ。わたしの血はわたしのものであって、誰にもあげる気は無い。いや――DIOが飢えて死にかけてたりしたら、まあ、わたしが死なない程度には分けてあげるだろうけど。吸血鬼が飢えて死ぬようなことがあるのかはわからない。

「フン……わたしの食糧なのだ」
「いやいやカーズ、DIOにも否定したんだからあなたの食糧なわけ無いでしょう。誰にも食べさせないわよ」

 DIOでも言い直したのに、カーズときたら堂々と食糧扱いなんだから困ったものだ。変に取り繕わないだけまだ良いのか――いや取り繕ってほしい。せめて。

「じゃ、じゃあ……俺の、妹ならどうだ……?」
「……え?」

 ディアボロがぼそっと呟いたのでそちらを向くと、顔を真っ赤にして俯いて、目線を彷徨わせていた。……ちょっと可愛いなんて思ってしまったけれど、冷静にならなきゃ駄目だ。まあでも、ディアボロが兄というのは悪くないかもしれない。この間もドッピオくんにわたしの相手をするようお願いしてくれたのだから、間接的にとはいえわたしの世話を焼いてくれているわけだし。

「俺の嫁だよな、玲香?」

 ディアボロとの間にほのぼのとした空気が流れ始めたかと思った途端、ディエゴまで参戦してきた。どうしろってのよ。さすがヨーロッパ系はすぐこういう冗談を言う。勿論、どう考えたって本気なわけはない。すごくニヤニヤしているし、多分ディエゴはこうやってわたしを揶揄うのが好きなのだ。今日一日ずっとそうやって遊ばれている気がする。今日初めてまともに沢山話したのに、もう既に彼との関係性が構築されつつある。いじりいじられの関係なんてご免なんだけど。

「普段の様子を考えても、わたしがこの中の誰かの女とか嫁とか絶対ないわよ。ていうか何なのよ、 クッキーで釣られたの? いつもそんなこと言わないじゃない」

 なんだかもう呆れてしまって、それに少し気恥ずかしくなってきて、ため息をついて話の流れを終わらせようとしてみる。しかし、そんなわたしの抵抗も虚しく、面白がっているような空気は微塵も変わらないままだ。

「クッキー程度で釣られるか。お前が日頃の感謝を伝えたんだから、俺達の番ってだけだぜ」

 あっけらかんと言うディエゴ。何ですかそれは。全く意味がわからないし、適当なことを言っているだけとしか思えない。

「ああそう……どこが感謝なのかしら。半分馬鹿にされているような気もするわよ」

 誰々の女だの嫁だのはともかく(それもどうかとは思う)、食糧扱いは感謝ではないだろう。本当に変な人たちだ。そういうところが面白くもあるけど。

「……でも、玲香。私の嫁になれば1番楽だよ。面倒な思いもしなくていい。皿洗いや料理や洗濯も全て私がやるさ、玲香の手が荒れては困るからね」
「それは……最高ね……。当番回ってこなくて済むなんて……」
「吉良に釣られていてどうするのだ」

 ……はっ。家事丸投げの魅力に釣られてしまうところだった。危ない危ない。うっかり吉良のお嫁さんになる!なんて言っちゃったら、手を撫でられたり舐められたり好き放題されるところだった。想像しただけでゾワッとしてしまう。
 釣られそうになったことは無かったことにして、咳払いを一つ。

「……わたしとしては、吉良の嫁ってポジションもやっぱり違うわよ。さっきも言ったけど、吉良のことは家族の母親ポジとして見てるもの」
「……ふむ。じゃあ、玲香。 お母さんが抱き締めてあげよう」

 ――ぽすっ。
 何をやっているんだわたしは。目の前で腕を広げられると――しかもそれがお母さんだと思うとつい条件反射でその腕の中に収まりたくなってしまう。
 慌てて距離を取って警戒心を込めた目で吉良を見ると、「お前から抱き締められに行ったのではないか」とDIOのツッコミが入った。ぐうの音も出ない。

「嫁、というか……ペット?」

 ずっと黙って成り行きを見守っていたプッチが、ぽそりと呟く。

「ぺ……ペット!?」

 それはさすがにひどいだろう。いや、ひどいけど――今の自分の行動を省みると何とも言えない。最悪だ。このまま荒木荘のペットポジションとして生きていくんだろうか、わたしは……。

「ペットか、良いではないか。このカーズが直々に可愛がってやろう」
「え、遠慮するわ……」

 とは言ったものの、カーズは動物好きだし、食糧扱いよりは待遇的にランクアップなのでは……?
 もはや否定するのも面倒だし、そもそも人からの印象を聞いたのはわたしの方なので、今はペットポジションを甘んじて受け入れることにする。もう何でもいい。せいぜい甘やかされて生きていこう。