並行世界の

 ”ジョジョ”との因縁は、わたしにとって本当に憎たらしく不快なものであると同時に、唯一の「他人との強い繋がり」でもある、のだと思う。わたしはわたしの心の赴くまま、好き放題に生きてきて、人に憎まれることなんて数えるのも面倒なほど沢山あったけれど、ここまで徹底的にわたしを倒してやろうと執着し続ける人間なんて、他に居なかったのだ。

「さあ、黒木玲香。てめーは今日、ここで死ぬことになるぜ……俺のスタンドでなァッ!」

 ――だから、嬉しかった、とも違うけれど、奇妙な安心感のようなものを覚えたのも、事実だった。意気衝天とわたしの拠点へ乗り込み、殺気立った目でこちらを睨みつけるジョースターに、わたしはにっこりと微笑んでみせた。

「そう……。やってみるが良いわ、ジョースター。貴様にわたしが倒せると言うのならね」
「何ッ……!?」

 彼、ジョースターはわたしの言葉を受けて更に一層、警戒心を強めた様子だった。ああ、そんなに注意深くこちらを見たって無駄なのに。可哀想な男だと、心の底から思う。最も、それ以上に哀れなのはわたし自身なのだけれど。

「貴様はわたしを”殺せない”わ。何故なら――」

 わたしが出したのは、スタンドではなく、一丁の拳銃だった。セイフティを外して、構える。――自分に向けて。

「わたしは今、ここで、自分の手で死ぬのよ。貴様はその手で悪を裁くことなんて出来ずに終わる。どう、後味が悪いでしょう? もっとも、貴様も後味なんて感じる間もないけれどね」
「何を……言っている? 黒木――」
「”わたしが死ぬ”ということは、”貴様も死ぬ”ということよ、J・ジョースター。貴様がわたしに執着していればしているほど、この威力は強くなるんだもの」

 やっと”終わり”に出来ることが嬉しくて嬉しくて、最高に良い気分で言葉を紡ぐ。歌うように軽やかに。なにせわたしは、一人で死なずに済むのだ。人々を支配するために悪逆非道の限りを尽しても、屈強な黄金の精神が生み出したスタンドの力で無様に倒されて、一人寂しく死ぬことが、わたしは何よりも怖かった。

「わたしの部下のスタンドはね、ジョースター。強い繋がりを持つ者同士のその繋がりを、死の糸に変えることが出来るのよ。死ななきゃ発動しない能力なんて使えないと思ってたけど、役に立つものね」
「……正気か? 自ら死を選ぶなんて、てめえは……」
「正気に決まっているわよ。わかるでしょう? わたしも、この黒木玲香もただの一人の人間だってこと」
「何が言いたい……?」
 
 ジョースターはすっかり困惑し切っているようだった。不快そうに眉根を寄せて、眉間にくっきりと深い溝が出来ている。おかしくなって、わたしは少し笑った。

「まあ、遺言ってヤツかしらね。ジョースター、あんたも言いたいことがあれば今のうちに言っておきなさい」
「てめーに言うことなんざ、何一つねえけどよぉ……まさかと思うが、自死を選んだように見せかけて油断させる作戦か? だったら――」
「馬鹿ね。そんな無駄なことするワケがないじゃあないの。わたしが自ら死を選ぶ理由なんて、たった一つよ」

 往生際の悪い奴だ、この男も。しかし、すぐさま引き金を引かないで最後のお喋りを楽しんでいるわたしも、どうやら往生際が良いとは言えないようだった。

「わたしはね、ジョースター。ただの人間の黒木玲香は、一人で死ぬのが、怖いのよ」

 笑っているのに、不思議と言葉尻が震えた。まるで小さな子どものようだと、我ながら思う。悪事なんて働いたこともない、ただの一人の少女のようだと。

「…………」
「自分の死くらい自分で選ぶわよ。貴様に殺されたりなんかしないわ! そして貴様は、わたしが殺すのよ」

 我儘な子供のように喚いて、銃口を自らの頭に強く押し当てた。我儘でも何でもいい。これが最後の我儘だ。ジョースターはわたしの我儘なんて聞いてくれないだろうから、わたしが全て勝手にやってやる。

「――さようなら、J・ジョースター」

 引き金を、引いた。