目指せニート脱却!

 あれから、スタッフルームで待っているわたしたちのところへジョナサンが書類片手にやって来て、とりあえず1日体験としてやってみようということになった。就労経験の少ないわたしたちに配慮して、合わないと思えばそのまま辞められるようにしてくれたようだ。その気遣いの細やかさに感謝しながら、わたしは制服に袖を通す。更衣室を出ると、他のメンバーはすでに着替えを済ませていたようで、扉の前に集まってわたしを待っていた。

「に、似合わ……ってるわね。すごく良いわ」
「誤魔化せてないのだ」
「そこまで言ったならもう”似合ってない”って言え」

 普段ふんどし姿でしか見ていないカーズが制服を着ているのはすごく奇妙に思えるし、DIOも――似合ってなくはないけど、いつもの格好を思うとなんだか変な感じがする。本当は、いつもの格好のほうが変なんだけど。いつも網みたいな服を着ているディアボロに関しても、言うまでもなく。

「というか、よくサイズがあったわね」
「フン。わたしの身体は元々ジョナサンのものだからな。奴が制服を着ているのだから、同じサイズのものも当然あるだろう」
「……? どういうこと?」

 身体がどうこうと言われても理解が追いつかない。思わず眉を寄せたが、ディアボロが「深く考えるな」と溜息をついたので、そういうものかと疑問を飲み込む。

「しかし、やはり窮屈だな。こんなものを着ずとも、要は従業員であるということさえ分かれば良かろうなのだーッッ!」

 カーズは突然叫んだかと思うと、ぶちぶちと音を立てて制服を引き千切ってしまった。飛んでいったボタンがわたしの足元へ転がってくる。……良かろうなのだ、じゃあない。

「ちょっとカーズ……」
「店の帽子は被っているからな。これだけあれば問題ないのだ」
「問題大ありよ!?」

 そんなに服を着るのが嫌なら、最初から着なければ良かったんじゃあないだろうか。この制服の代金、弁償しなきゃいけないのでは……。今日の働きから引かれるくらいならまだ良いとしても、それで足りなかったら――そもそもこの人たちお金持ってないんだから、結局は全部ディエゴが払わされることになりそう。あなたの財布を守れなくてごめん、ディエゴ……。

「何でもいい。さっさと行くぞ」

 仏頂面のDIOはオロオロするわたしを置いて、すたすたと先に行ってしまう。DIOに1人で行かせたら何をやらかすかわからないので、わたしも慌てて後を追う。

「ちゃんと働くのよ、DIO」
「このDIOを舐めているのか、玲香」
「そういうわけじゃあないけど……」

 どうにも不安が拭いきれない。カーズは本当に上半身裸のまま働くみたいだし、彼に続いてDIOも突拍子もない行動に出たらもうわたしの手には負えない。吉良の職場を破壊したという話も聞いてしまったし、この店まで破壊してしまうんじゃあないかとわたしは気が気でないのだ。

「うん、みんな着替えたね。それじゃあ、お客様が来たらまずは”いらっしゃいませ”だよ。それから、お冷を持っていくところまでやってみてくれるかな」

 わたしたちが表に出てきたことに気付いたジョナサンが声を掛けてくれた。どういうわけか、カーズがまともに服を着ていないことには突っ込まないでくれている。むしろわたしがそのことに突っ込みたいくらいだけど、今は仕事中だからやめておこう。周りのことばかりじゃなく、わたしもわたしの仕事を頑張らないと。

「承知したわ。そこのグラスにお冷を注いで、人数分持って行けばいいのね」

 お冷を運ぶだけのことでも、人数に足りていなかったり、持っていくのを忘れていたりしたら、トラブルに繋がってしまう。緊張感を持って手順を確認した。「ちゃんとフォローするから、大丈夫だよ」とジョナサンが笑う。けれど、言い出しっぺであるわたしくらいは張り切って働かないと、DIOやカーズ、ディアボロに対しても何も言えなくなってしまう。我が家の収入源であるディエゴや吉良に合わせる顔もないし。

「おい、さっそく客だぞ。いらっしゃいませー……」

 ディアボロはいち早く声掛けをしたは良いものの、声に覇気がない。いや、普段は引きこもってネットばかりしているのだから、これは彼にしてはめちゃくちゃ頑張っているかもしれない。わたしも早速そちらへ向かおうとしたが、どうやらDIOの方が早かったようだ。

「いらっしゃいませ。何名様だ?」
「ふ、ふたりです……」

 DIOの接客は想像よりは随分と普通だったけれど、お客様は心なしか怯えているようにも見える。美しく端正なのに冷たさを感じさせる顔立ちのせいか、190を超える長身のせいか、あるいはオーラ的な何かのせいか、そこまではわからないけど。やっぱり接客はあまり向いてないんじゃあないだろうか。人選ミスかもしれない。

「お、お席にご案内するわ!」

 慌てて、DIOを押し退けるようにわたしが前に出る。DIOのムッとした顔が視界の端に映ったけれど、お客様を怖がらせていてはいけない。とはいえ仕事を奪っては彼のプライドを傷付けてしまうので、「DIO、先にお冷を注いでおいてもらってもいいかしら」と小声で頼んでおく。DIOは渋々ながらも厨房の方へ下がった。
 お客様を空いている席に案内して戻ると、DIOは何故かウォーターピッチャーを持ち上げて睨み付けていた。

「……何事?」
「水が出んのだ。中身は満タンなのに、そんなわけはないよなァ……?」
「それ、蓋のとこ回さないと出ないわよ」

 どうやらピッチャーの使い方がわからなかったようだ。開け方を口頭で説明したけれど、まだ険しい表情をしている。たしかに吸血鬼がピッチャーを使う機会は無いだろうから、仕方がないといえば仕方がない。

「このDIOが生まれた時代には、こんなものは無かった……」
「あなた何年生まれよ……。貸して。やってあげる」
「その必要はない」
「……そう」

 どうしても自分でやりたいらしい。さっきご案内の仕事をわたしが取ってしまったから、こっちはDIOの仕事ということか。それなら手出しはしないでおこうと決めて、とりあえずアドバイスだけにしておく。

「その蓋のとこの、取っ手みたいなのがあるでしょ? それを回すの」
「ええい、まどろっこしいな……外してしまうか」
「え、ちょっと……」

 止める隙もなく、DIOはピッチャーの蓋を外そうと手に力を込める。当然、DIOの力では強すぎて、プラスチックのピッチャーは割れてしまった。満タンに入っていた2L弱の水は勢い良く溢れて、プラスチックの破片とともに、近くにいたディアボロに覆い被さった。驚いたディアボロはたたらを踏み、水のせいで足を滑らして食洗機にぶつかり、バランスを崩して降ってきた食器類の下敷きになった。

「ぐあああッ!?」
「DIO――ッ! ディアボロが死んだじゃあないのよッ!!」
「構わん、いつものことだ」
「少しは構いなさいよッ!?」

 ディアボロは(いつものこととはいえ)死んでしまったし、大量にお皿を割ってしまった。ピッチャーも壊したし、水をぶちまけたし、初日からこれは――大失敗だ。
 ジョナサンは皿の割れる大きな音で心配してくれたようで、厨房にひょこっと顔を出して「大きな音がしたけど、大丈夫かい?」と気遣わしげな声を掛けてくれた。

「ジョナサン、その……ごめんなさい。お皿とピッチャーが……」
「問題ないさ。うちには仗助が居るからね」

 彼はわたしたちを一言も責めることなく、笑って片目を瞑ってみせた。なんとも余裕のある店主だ。

「仗助って、さっきの……」
「仗助のクレイジー・Dは、”なおす”能力なんだ。弁償だとかは、心配しなくていいよ。それに……恥ずかしながら、僕も最初の頃はよくお皿を割ったんだ」

 仗助のスタンドがそんな便利な能力だったとは。それに、自分の失敗の話をしてくれるなんて、本当に良い人だ。ますます申し訳なくなってしまう。あなたも反省しなさいよ、という気持ちを込めてDIOに視線を送ったが、フンと目を逸らされてしまった。

「――そうだわ! ま、まだお冷も持って行けてないのよ。お客さんのことかなりお待たせしちゃってるわ……今すぐ行ってくる!」
「あ、大丈夫。君と一緒に来たカーズという人が、もう持って行ってくれたよ」
「本当!? よ、良かった……」

 いつの間にか、カーズはしっかり仕事をしていてくれたらしい。さすがカーズだ。上裸の男がお冷を運んできて、お客様はさぞかし驚いただろうけど。でも、見た目はともかく、今日はわたしたちの誰よりもまともに働いている。しばらく頭が上がらないかもしれない。
 安心してすっかり力が抜けてしまったわたしに、ジョナサンは少し休憩しようかと提案する。まだほとんど何もしていないのに、休憩だなんて言っていられない。そう返したけれど、「初日はその場にいるだけで疲れるだろう?」と微笑まれてしまった。これは、DIOが彼に勝てない気持ちもわかる。

「おい、ジョジョ。おれはもう帰るぞ。やっておれん。アルバイトなんぞ飽きた」
「そうかい? 分かった、それじゃあ今日の分の給料は後日振り込んでおくよ。お疲れ様」
「ちょ、ちょっと……!?」
「先に帰るぞ、玲香」

 どうやら機嫌を損ねたらしいDIOは、それだけ言って裏へと下がって行ってしまった。やっぱりDIOがJOJO苑で働くのは無理があったらしい。まあ向き不向きというものがあるし、こういうのは適材適所だ。DIOが働きやすい場所も探せば他にあるだろうし、無理にここじゃあなくても良いのだろうと思う。本人に働く気があればだけど。

「それじゃあ、玲香は裏で休憩してて。カーズにも声を掛けておくよ」
「ありがとう……お言葉に甘えるわね」

 せっかくのご厚意なので、甘えておくことにした。スタッフルームに向かっていると、同じくジョナサンに休憩をもらったらしいカーズと鉢合わせた。お冷を運んでくれたファインプレーにお礼を言うと、「当然なのだ」と胸を張る。……ちゃんと働けるんだから、服も普通に着ればいいのにとちょっと思う。

「カーズ的には、仕事はどう? DIOは飽きちゃったみたいで、もう帰ったけど」
「そうだな……。このカーズには生易しすぎるな。おれも少々飽きたのだ」
「え、ええ……?」

 わたしより周りが見えていてテキパキと働けるのに、どういうわけかカーズも飽きてしまったらしい。正直解せない――とも思うけど、彼はわりと何でも出来るタイプだし、本人の言う通り飲食店のアルバイトなんて簡単すぎるのかも。それで段々と退屈に思えてきてしまったのだろう。わたしには分からない領域だ。わたしなんて、目の前のことでいっぱいいっぱいになってしまうというのに。

「そういうわけだ、もうしばらく見学したらおれも帰る」
「そう……。ディアボロも死んじゃったし、ちょっと寂しいわね」
「玲香も帰れば良かろう」
「いいえ、わたしはもっと頑張りたいわ。まだ何も出来てないもの」
「ふむ。ならば仕方あるまいな」

 そんなやり取りをして、水分補給も済ませたら、わたしは早速表へ戻る。「もういいのかい?」とジョナサンは気遣ってくれたけれど、甘えてばかりいるつもりはない。わたしは働きたくてここへ来たのだし。
 オーダーの取り方や料理を運ぶ時に気を付けること、片付けの手順まで教えてもらって、どうにかわたしも最低限の仕事が出来るようになった。わたしの全く鍛えられていない腕では料理を運ぶのが不安定ではあるけれど、ちゃんと気を付けていれば大丈夫そうだ。「最初のうちは両手で持ってりゃあ落としませんよ」と、仗助からのアドバイスももらえたことだし。

「お疲れ様、玲香」
「ありがとうジョナサン。お疲れ様」
「仕事はどう?」
「そうね……。不安はあるけど、やりがいは感じられるわ。あなたたちさえ良ければ、これからも頑張りたい」

 わたしがシフトを終えて、タイムカードを切りながらそう言うと、ジョナサンは嬉しそうに笑った。

「それは良かった! それじゃあ、次回からも頼むよ。よろしく」
「ええ、こちらこそ」

 結局アルバイトを続けるのはわたしだけになりそうだけど、それはそれで悪くない。少なくともわたしは、ニートでは無くなるのだし。彼らは彼らでやりたいことを見つけた時に働けばいいし、今は好きなようにしていてもらおう――となるとまたディエゴへの負担が大きいけど。いずれはわたしも家計に貢献してあげられるようにがんばろう。とはいえ、しばらくはまだ我慢してもらうことになりそうだ。
 ――わたしの収入が安定したら、みんなと美味しいものでも食べに行こうかしら。
 なかなか悪くない思い付きだ。一つ目標ができたような気持ちで、わたしはウキウキしながら今後の期待に胸を膨らませた。