笑えるくらいに愛している

 おまえは愚か者だと言われれば確かにそのとおりだと頷くし、生きる価値なんてないだろうと言われればそうかもしれないと素直に受け止める。自分が死ぬとしたらそれが運命だと受け入れる。しかし死にたいとは思わない。ゆめはそういう人間だった。
 けれども自分がもし永遠に死に続ける運命にあったとすれば、きっとその時は何も考えずただ死を繰り返し続けるのではないかと思う。
 だからこそ、幾度となく死んでゆく彼がそれでもなお生きようとする姿勢にはやはりどこか理解に苦しむところがあった。

「だってディアボロさん、死んでもまた戻ってくるんでしょう?」
「そしてまた死ぬ」
「で、また戻ってきますよね」
「そして死ぬ」
「……あたしの言いたいこと、わかってます?」

 ディアボロはもはや何度目かもわからない深い深い溜息をついて、眉を寄せ頭を抱えた。
 言いたいことはわかる、わからなくもない。けれど共感できるかどうかという意味ではやはりまったく意味がわからない。理解もできそうにない。

「もう何度目だろうな、おまえとこんな話をするのは」
「まあ、あれですよ。興味っていうか、好奇心っていうか?」
「いらぬ好奇心だ」
「そんなこと無いですよ」

 溜息をつきたい気持ちをぐっと堪え、それでも思い切り顔を顰めたままでディアボロは沈黙した。まさに苦虫を食い潰したような面持ちで、ゆめは込み上げる笑いを引っ込めるのに必死だった。

「というか、ディアボロさんは」
「…………」
「……あたしがいなくなったら、死にますよね」
「当然だ。そもそもいなくなるなんてことはない」
「まあ、あたしとしてもいなくなる気はまったくないですけど」

 至極当然のように彼女は言った。ディアボロも頷く。

「けど、もしあたしがいなくなったら、死にますよね?」
「だからおまえは何が言いたいんだ」

 苛立ちを顕にしたディアボロに、ゆめは一瞬だけぽかんとした顔を見せ、それからまた可笑しそうに笑った。何故笑うのかわからないディアボロは一層不機嫌に顔を歪めたが、それがまた面白いのかゆめはくすくすと笑い続ける。

「……いなくなることもできませんね」
「出て行きたいのか、おまえ」
「有り得ません」
「だろう」

 そもそも、と彼はほんの少し声を荒らげる。

「オレが死にたくない理由の半分はおまえなんだが」
「…………」

 ゆめは呆れとも喜びともつかないような、何とも言えない表情で笑った。やはりディアボロは気に入らない。

「……おい」

 言わなきゃあ良かった、なんて若干の後悔が押し寄せて来始めたところでゆめは笑いを堪えたような声で言った。

「知ってます、けど」

 ディアボロは何も言えず固まった。どんな表情を浮かべれば良いのかさえもよくわからなかった。目の前のゆめはといえば、なんの表情も浮かべてはいない───いや、うっすらと微笑している。その上、声まで震えているのだから、確実に笑いを堪えている。呆れたものだ。本当に、本当にこいつという奴は。

「……オレはもともと死にたくなんかなかったし、栄光を手放したくもなかったが」
「それに関しては、あたし関係ないじゃあないですか」
「……オレが何を言いたいのか、わかっているんだろう」
「わかってて言ってるんです」
「それなら黙って聞け。……もともと死にたくはなかったが──しかしあの頃、つまりおまえと出会った頃は、そろそろ諦めかけていたところだった。死を受け入れた方が楽なのかもしれないと」
「それも知ってますよ。それで?」
「…………。そう思っていたというのに、今では違う。おまえを片時でも失いたくない。──手放してなるものか。死などに引き裂かせはしない」

 堪えきれなくなったのか、ゆめは思い切り吹き出して大きく笑った。
 あまりにも可笑しそうに笑うので自分は何かそこまで面白いギャグを言っただろうかと本気で疑問に思ってしまうところだった。ゆめは笑い過ぎて息も絶え絶えになりながら、「知って、ます」とそれだけ言って、また笑った。

「おまえのそういうところは未だに理解出来ん」
「してほしくないですよ、理解なんて」
「……笑いは治まったか」
「んー、いや、ふふ、まだみたいです」

 実に愉快そうに彼女は笑う。なんだか癪なので直接聞いてみることにする。

「何がそんなに可笑しい」
「さあ、何でしょう」

 さあ何でしょうって何だ、なぞなぞかクイズじゃあないんだからと言いたいところだが、ああ、あえて何も言わないでおこう。ディアボロは必死に心を落ち着けて、あくまで冷静に質問を重ねた。

「……何に対して笑っている」
「いや、んふふ、ディアボロさんの発言ですかね。普通のことみたいに言うんだから、ふふっ、ふふふ」
「……そんなに、面白いか」
「いや、だって」

 こんなに笑いながら生きていけたら人生は最高に楽しいだろうと思う。なんだかものすごく馬鹿馬鹿しかった。

「だって、ディアボロさん。その台詞」
「……?」
「恋愛ものの洋画じゃあないんですから、もう、ふふふ」

 なるほど、と不自然なほど冷静にディアボロは思った。いやなるほど、ふむ、そうか。ああ、なるほど。

「……さすがジャッポネーゼ」
「え? 照れてるわけじゃあないですよ? そろそろ慣れました。でも何度聞いても面白くって」
「慣れていないから笑えるんだろう」
「あれ? そうなんですかね」
「そうだ」
「じゃあそういうことでいいです」

 さすがにそろそろ笑いも治まったようで、平常通りのにっこりとした微笑で彼女は言った。
 べつに彼女が変人なのは今に始まったことでないのだからどうだっていいしそんなところも含め愛しているのだが、しかし「それで、何の話してましたっけ?」と悪びれる様子もなく首をかしげるその間抜け面には何と返そうか。