03

「とりあえず、オレはおまえと居ると死なないということはわかった」
「いやわかりませんね」
「オレもわからんがわかったことにしろ」

 ゆめとディアボロのやりとりはコントか何かのようで、正直彼らが初対面であるとはどうにも思えない。と、ディエゴは思う。

「まあなんにせよ、死なないというのならおまえが居るのも悪くはないだろう」
「はあ、どうも……?」
「単に死なないだけじゃあなく食われることもないようだしな」
「そのようですね」

 ディアボロはにやりと愉快そうに口の端を吊り上げて言うが、ゆめは特に何とも思っていないようだった。
 しかし。ディアボロが喜ぶことをその他の住人が喜ぶかといえば、そんなことはない。それどころかむしろ逆である。

「……おい女。貴様のせいで食料が食料でなくなると言うか」
「食べたいなら、あたし部屋から出ましょうか」
「出るなゆめ、頼むから出るんじゃあないぞ……絶対に」

 本気で怒るカーズというのはなかなかに迫力があり、恐ろしい。ただの一般人が見れば卒倒しそうである。その理論でいくとゆめはただの一般人でないことになるのだがまあおそらくただの一般人ではないだろう。ただの一般人がゴールド・エクスペリエンス・レクイエムを無効化できるはずもないのだし。
 そう、単に「死なない」と言うからあまり実感も沸かなかったが、よくよく考えてみればそれはつまりあのスタンドを無効化しているということになる。どういうことだろうか。

「ふぅむ、『死なない』……か。ではこのDIOも一度試してみるとしよう」

 愉快そうに笑んだ吸血鬼のせいで、そこまで深く考える余裕も無かったが。

「ま、待てDIO……たまたまそうだっただけかもしれん。帰り道で死ななかったこととカーズに食われなかっただけのことでコイツが『そう』と決めつけるなんてのはあまりに早計だ。今やられたら死ぬかもしれ────ぐッ!?」
「……ふむ。血は、出る……か」

 ディアボロの喉へ突き立てた指を引っこ抜く。
 鮮血が散った。

「……吸血鬼ってのもマジだったんですか。ギャングの元ボスに究極ナントカに吸血鬼って、ぶっ飛びすぎでしょう荒木荘」
「なぜナントカなのだ。究極生命体だ。アルティミット・シイングだ」
「そう、アルティミットナントカです」

 カーズは眉を寄せてぐっと顔を顰めてみせたがゆめはカーズの方を見てすらいなかったので何の意味も成さなかった。そのことにより一層機嫌を悪くしたカーズの表情など、ゆめには知る由もない。

「……生きて……ますね。Sig.ディアボロ」
「……不思議なものだな。それとスィニョールが言えないのなら無理して言うな。聞き苦しいぞ」

 ゆめはそれを聞きむっと顔を顰めたが、血塗れで平気な顔をしているディアボロを見て堪え切れず失笑した。

「すみません。やっぱりなんか、ギャグですよね」
「馬鹿にするなよ貴様」
「あっやめてください! 今怒ると余計おもしろいんですから」

 ゆめは真顔になって言った。
 やはり、コントだ。ディエゴは冷えた目で二人を見つめる。真顔のコントというのはどこぞの誰かを思い起こさせ、それほど気分の良いものではない。

「……うーん、まあ、何でもいいんですけど……あたしってもしかして、何か変な能力でも持ってる感じなんですかね。ディアボロさんの言った、スタンド……みたいな?」
「おそらくは、そうだろうな」
「ディアボロさんを死なせないってだけの能力って、やたらショボくないですか」
「何を言う。素晴らしい能力じゃあないか」
「ディアボロさんにとってはそうなのかもしれませんけど」

 ゆめは唇を尖らせて文句を言う。しかし上機嫌のディアボロは聞いているのかいないのかもよくわからない程に雑な返事しかしなかった。
 死ぬことのない肉体。それが嬉しいのか、吸収されたはずだった右腕をうっとりと眺めている。

「……いや、ディアボロを死なせないだけの能力というのはさすがにおかしい。君のそれはもしかして、スタンド能力の無効化なんじゃあないのか」

 吉良がそう言えば、ゆめはぱっと目を輝かせる。

「能力の無効化! 無敵っぽい響きですね、最高です」
「無敵かどうかは知らないが。試してみるかい? わたしのキラー・クイーンで君を爆破しても良い」
「良いんですか、ぜひ」

 吉良としては半分冗談のつもりであったが、ゆめはへらりと笑って片手を差し出した。どうぞ爆破してくださいと言わんばかりだ。ディアボロは彼女に強い視線を向けた。

「おい待て早まるな。無効化の能力だと決まったわけじゃあないんだぞ」
「試してみないと何もわかりませんし。死んだらそんときゃそんときだと思うんですよあたし」
「……馬鹿なのか、本気で」
「あたしの身の上を忘れましたか? 無一文の家無しですよ? ほっといてもどうせすぐ死にます」
「だから、オレが拾ってやっただろう」
「死体になってたディアボロさんを拾ったのはあたしです」

 痴話喧嘩でも聞いているような気分になる会話だった。痴話喧嘩を聞く気分というのは当然ながら良い気分ではない。ディエゴはいい加減苛々が頂点へ達してしまいそうだった。

「ディアボロは黙っていろ。彼女本人が良いと言うのだから良いのだろう、わたしは彼女と話しているのであって君と話しているわけではないからな」

 痺れを切らした吉良が早口で捲し立てる。半分は冗談でも半分は本気なのである。ゆめが構わないと言うのなら本気で爆破しようと吉良は思っていた。いつでも爆破できるよう、差し出された彼女の手に触れる。勿論この場合は、決して彼の性癖のために触れているわけではない。
 吉良に睨まれたディアボロは、ほとんど涙目で悔しそうに睨み返す。たとえ死なないにしてもディアボロの扱いは当然のことながら変わるわけもないし、それによる精神的ダメージもやはり変わらない。だったらいっそ死ぬ方が楽なんじゃあないのかとも外野であるディエゴは思うが、死に続ける気持ちというものは彼にもわからないので、何も言わなかった。

「どうぞどうぞ、お願いします」
「そうかい……では遠慮なくやらせてもらおう。キラー・クイーンッ!」

 ──スイッチを、押した。

「あらら……死んでませんね」
「……死んじゃあいないが、おまえ。鞄が爆破されているではないか」

 DIOが指摘すると彼女はゆったりとした動作で腰元辺りへ視線を向け、少し笑った。彼女自身は無傷だが、提げていた鞄は爆破によってボロボロに吹き飛ばされてしまったようだ。どういうわけだか、その場にいる誰にもわからなかったが。
「能力が不完全なのかもしれませんね」なんて当の彼女は言うが、その鞄は無一文となった彼女の唯一の───というか、全財産ではないのか。何故、それを失っても笑っていられるのか。ディアボロは信じられないという顔で彼女を見た。

「おまえ、やっぱり阿呆なんじゃあないか」
「ディアボロさんは阿呆よりもドジに近いですよね」
「……ドジで死んでいるわけではない」

 ──非常に。ディエゴは非常に不愉快であった。呑気な彼らのやり取りが、不思議と。
 せめて大きく深い溜息をつくくらいは許してもらいたいものだが、うるさいぞとでも言いたげな目でこちらを見る吉良によってそれすらも阻まれてしまう。この荒木荘において、彼はつくづく哀れな男であった。