05

「あたしのスタンドが本当に青い鳥だったらなって、少し思います」
「青い鳥でなかったらそのブルー・バードという名前も似合わないからな。せめて色くらいは青でないと」
「それは何ですか、嫌味ですか」

 スタンドの能力と名前が決まって、ゆめは上機嫌だった。
 ブルー・バード。青い鳥である。幸せの青い鳥を意識して付けた名だった。
 確かにいい名前だと、ディアボロは内心そう思った。彼女のブルー・バードが自分に幸せを運んでくれば良いと思った。それはおそらく彼女自身は望んでいないと思うがしかしやはり彼にとってのブルー・バードは幸せの青い鳥なのである。

「自分の意思で使うものじゃあなくて勝手に発動するものだから、あんまり目立った能力じゃあないかもしれないけど……充分すごい能力ですよねこれ、きっと」
「ああ、素晴らしい能力だ。誇って良い」
「あなたの意見は聞いてませんよディアボロさん」

 ディアボロの言うことはほとんど雑に流していたゆめだったが、ふと思い立ってディアボロに声をかける。

「……そういえば、ディアボロさんのスタンドは?」
「見たいのか?」
「ええ、まあ」

 ディアボロは満足げに笑んだ。

「そうか、よく見ていろよ……キング・クリムゾンッ!」
「…………。なるほど」
「わかったか?」
「その背後のやつがスタンドってのはわかりましたけど、能力が───ええと、瞬間移動……?それとも時を止めて移動しましたか?」
「残念ながら不正解だ」

 自分のスタンドを説明するディアボロが若干いきいきとしているのはおそらく気のせいではないだろう。
 新しいスタンド使いに出会うことも自らの恐ろしい能力を他人に披露するのもあまりに久々で、それが嬉しいのかもしれない。

「時を消し飛ばした。その飛ばした時間の中でオレは自由に動くことができる。例えばさっきの場合……おまえはそのコップの水を飲み干そうとしていたから、コップの中の水が無くなったという結果だけが残った」
「……飲んだ記憶が、ないです」
「つまりそういうことだ」

 ゆめはほんの少しだけ驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「なかなかすごいですね」
「そうだろう」

 ゆめからしてみればディアボロは家の前で拾った死体というか動く屍というか、何かそういった面白い生物であり、それに対してすごいだの何だのとまるで尊敬するように思うことは滑稽に思えた。だからこそ、あまり驚きを表情に出したくはなかったのだ。
 なかなかすごいと言ったが、正直なところ、彼女は心底驚いていた。多少変わった性格とはいえやはりただの一般人。不思議な現象や特殊な能力を自分の目で目撃することなど滅多にあるものではない。それをその”面白い変な生き物”がいとも容易くやってみせたのだから、驚かないわけもなかった。
 しかしそこはプライドの問題だ。彼女は何故だか、彼に対してすごいだの格好良いだのと思うことが恥ずかしいと感じていた。

「まあ、おまえもスタンドを自由に出せるくらいになれば、何か新たな能力も身に付くかもしれんな。スタンドというのは精神と共に成長するものだ」

 彼女のそんな小さなごく僅かの反応でもディアボロには充分だったようで、得意満面な笑みを浮かべている。完全に有頂天になっているその様子にゆめは思わず苦笑した。

「そうですねぇ……自分の意思で発動できないスタンドって、なんか自分のスタンドって気がしませんし」
「そうか? 死なないのだから良い能力ではないか。かなり強力だ」
「でももしうっかり死んじゃったり殺されたりして、それが運命で決まってたらもうそのまんま死んじゃうかもしれないんですよ? 運命はあたしにもわかりませんし」
「スタンドがあるからといって調子に乗ってホイホイ死ぬようなことが無いようにな」
「いやそんな、ディアボロさんじゃあないんですから」
「……オレを何だと思っているんだ」

 ゆめからすれば彼は愉快な動く屍でも、ディアボロからしてみればゆめはわざわざ拾ってやった家無し娘である。ゆめは自分に恩義を感じているだろうと勝手に思っていたし、拾ってやったのだからオレが死なないようにしていろと言いたげだったがゆめはまったくそんなことは思っていない。完全にすれ違いである。

「ディアボロさんは、だって、死体さんじゃあないですか」
「オレの名前は死体ではない」
「ディアボロさんはディアボロさんですけど、ディアボロさんは死体さんですもの」
「……わからん」

 ゆめの言いたいことはディアボロには分からない。それはゆめの言い方が非常に回りくどいことも原因であったが。結局のところ、ゆめは何かしらをはぐらかそうとしているのかもしれない。ゆめ自身にもわからない、何か感情の動きのようなものを。

「うーん、まあ、そんなに死にたくないなら一緒に居てあげますけど……あたしが離れたらどうせすぐ死ぬでしょう?」
「本当に……本当に何だと思っているんだおまえは。試してみるか? すぐに死ぬのか」
「試さなくても、なんとなく死ぬだろうなってわかってますし」
「…………。そうか」
「そうでしょう」

 ゆめはうんうんと頷く。ディアボロと一緒に居るのは、退屈することも無いし決して苦ではなかったから、断る理由も別段あるわけではなかった。彼の方からすればゆめが───というよりブルー・バードがすぐそばに居るというのはそれだけで安心感の塊であり、本体の了承を得たことによってかなり、かなり浮かれていた。

「……実に、くだらん」

 不満げに呟いたカーズの言葉を拾う者はなく、ディアボロはやはり歓喜するばかりだった。この死体ものすごく単純な奴だなと、ゆめは冷静にそう思った。今の彼は死体ではないけれど。