06

「どうやらおまえの言う通りだったようだ、ゆめ」

 ゆめは荒い息で帰ってきたディアボロを一瞥して、再び食事に戻る。食事を邪魔されるのはあまり好かないタイプの人間だった。

「……ってのは、つまり? 死んだんですか」

 ディアボロの髪は若干乱れているし、これはもう死んだとしか考えられない。ほんの少し外に出てみるだけにしてはやけに帰りが遅かったのも、死んでいたからかもしれなかった。

「ああ……まさか突然電柱が倒れてくるとは誰も思わないだろう」
「貴様、死に続けているのならそれくらい予測がついただろう」
「あたしも同感です」

 DIOとゆめは冷めた声で、ディアボロの方へ視線を向けることすらない。
 ディアボロは諦めたように嘆息して、ごく自然にゆめの隣へ座った。彼女が来てからというもの、その性質上──というか、安心感を得るために、彼女のすぐ隣に居ることが当たり前になりつつあった。

「今日はカレーか」
「みなさんかなり食べたので、もうディアボロさんの分ほとんど無いですよ」
「う、うむ……」

 ディアボロはゆめの食べている分の約半分ほどしかない皿を目の前に置かれ、顔を引きつらせる。
 死んでいたのだから仕方がないといえばないのかもしれないが、死にたくて死んだのではないのだからなんとも言いがたい。

「しかし……やはり人間の食糧だけでは物足りんな。久々に血を飲みたいものだ」
「ああ、吸血鬼なんでしたっけ。飲みます?」

 DIOにちらりと視線を向けられ、ゆめは平然とそう返す。
 こいつは何故こんなに自由奔放なのか。ディアボロは頭を抱えた。

「おまえ、ただの人間だろう……やめておけ」
「血吸われたくらいで死なないと思いますよ」
「下手したら死ぬ」
「ディアボロさんと一緒にしないでくださいって」
「オレに限った話じゃあ、ない……」

 恐れ知らずと言うのか考えなしと言うのか知らないが、まったく周りを気にせず自分の思うままに行動する様にはさすがに呆れる。荒木荘住人達に負けず劣らずの『変なヤツ』である。いや、もっとも、少なくとも現在は彼女も荒木荘住人ではあるのだが。

「問題ない。死なない程度に加減してやろう」
「ほら、DIO氏もこう言ってます」
「しかしだな……。……とにかく、駄目だ」
「いや……ディアボロさんは何なんですか、ほんと」

 何なんですかと問われればディアボロは言葉に詰まる。
 なんだか保護者みたい。ゆめは少し可笑しそうに言った。

「過保護なんですよ、ディアボロさんは」
「おまえの保護者になったつもりはないぞ」
「あたしこそないですよ、あなたの娘になったつもりなんて」

 ゆめのその発言は少々彼の古傷を抉るものであったがそんなことは知る由もない。実の娘に同じことを言われて攻撃されるような、ネガティブな想像を少しだけしてしまったが、すぐに打ち消した。

「そうだぞディアボロ、貴様には関係ないだろう」
「む……それはそうかもしれんが」
「では何なんだ」

 保護者になったつもりはないがゆめが餌にされるのは嫌だ。と思う。心がムカムカするし、耐えられない。しかしそれが何故かと問われればきっと彼は答えられないし、自分でもよくわからなかった。素直にそう言ってみればゆめは「何ですかその独占欲は」と笑う。
 ───独占欲。自分だけのものにしたいだとか、そんな感じの。ディアボロは大袈裟に顔を顰めた。

「大方、自分だけの便利な秘密道具を他にとられたくなかったのだろう」
「それこそほんと、あたしを何だと思ってんですかね。ちょっと笑っちゃう」

 おまえらいつからそんなに仲良くなったんだと言いたくなる程の同調ぶりであったが、ディアボロはそれどころではない。

「待て、独占欲だと……?」
「おまえを利用してやるのはオレだけだぞ、みたいな。そういうことでしょう?」
「…………」

 何だそれは。

「しかし、わたしもこいつの血がほしい」
「意外とまずいかもしれませんよ」
「その可能性はあるな」
「否定しないんですか」

 ディアボロは何も言えなかった。少し冷静に自分を受け入れようと「なるほどこれがジェロシーア……嫉妬というやつか、なるほどなるほど、へぇ」なんて頭の中で納得しようとしてみたがなんとも馬鹿馬鹿しくて壁に頭を打ちつけた。普段ならそこで死ぬであろう行動を自分からとるなんてさすがにどうかしている。───いや、もう、いっそ死にたい。残念なことに今の彼は、頭を打ったくらいで死にはしない。

「わけがわからん……」
「あたしこそわかりませんよ。あなたのことが」
「どうでもいいから血を寄越せ」

 無駄に冷静なゆめと血のことしか考えてない吸血鬼に苛立ったが、しかし今怒ってもどうにもならない。
 確かに、確かにゆめによって自分が死ななくなったことで浮かれていたのは事実であると自覚しているし───ゆめにそばに居てほしいと願ったのもまた事実である。それほどまでに死が怖かったし死にたくないと思っていた。
 ゆめが居れば自分は死なないのだ。その能力を自分だけのものにしたい気持ちもそれはもちろん、無いとは言えない。無いと言えば間違いなく嘘になる。しかし───なるほどこれが独占欲というのか。そうなのか。
 正直。わけがわからない。

「……もう奴は放っておけ。わたしはおまえの血がほしいのだよゆめ」
「そうですか? 他の人の血でも良いじゃあないですか」
「女の血ほど美味いものは無いだろう」
「それは、分かりませんけど。飲んだことが無いですし……。だったらまあ、どうぞ」

 どうぞ、と差し出された腕は無視して、DIOはゆめの首筋へ牙を突き立てる。そちらへ来るとは予想していなかったゆめはほんの少し驚いたような顔をして、DIOを見た。

「そっ……ち、ですか? 吸血鬼らしいですけど」

 ディアボロが止める間もなかった。彼は自分の頭の中を整理するのに必死でそれどころではなかったというのもあるが。

「……痛いか?」
「いえべつに、痛くは……あんまり、ない……ですけど。でもそこで喋られるとくすぐったいです」

 このくらいにしておくか、とDIOはそこから唇を離した。痛くはないと彼女は言ったが、どう見たって痩せ我慢をしている。DIO自身の言う通り手加減は確かにしたのだろうが、それにしたって多少の痛みはあっただろう。ディアボロが睨みつけると、吸血鬼はにやりと笑う。

「安心しろディアボロ。わたしはこいつにそういった感情は無い」

 なにやら意味深長にそう言って、DIOはその場を離れる。
 ────そういった感情、とは。
 まさかとは思うが、まさかDIOは自分がゆめに対して『そういった』感情を抱いているとでも言いたいのだろうか。そんな馬鹿な。有り得ないだろうこんな小娘。
 気が動転して壁を思い切り殴ったがやはりディアボロが死ぬことは無い。すべての原因はその小娘、もといゆめである。
 深い溜息をついた。呑気に、不思議そうな顔で首元の傷をなぞる彼女が今はなんとも腹立たしかった。