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 例えば彼の、目を伏せたときに目立つ長い睫毛であったり、鼻筋の通った美しい横顔であったり、そういったものに気付いていなかったのかと言われればまあ気付いていなかったのだろう。気付いていなかったからこそゆめは今こうして改めてその秀麗さを実感し、じっくりと眺めているのだ。

「……どうした、見とれているのか?」

 にやりと口の端を吊り上げる様はあまりに自慢げで、それが憎らしくも愛おしく、ゆめはくすくすと笑って返した。

「……そうかもしれませんね」

 ゆめの肩先にとまる機械的な容姿の青い鳥は彼女のスタンド、ブルー・バードである。彼女がディアボロに好きだと言った瞬間現れて彼女の周りを飛び回ったのだからおそらくはそれがキーだったのだろう。さすがは幸せの青い鳥といったところである。幸せは探している時には現れず案外身近なところで見つかるものであるとはよく言ったものだ。
 彼女の能力はディアボロに掛けられた能力と非常に相性が良い。いや、無効になってしまうのだから悪いと言うべきか。しかしディアボロにしてみればそれは素晴らしい能力であり、彼にとってブルー・バードは紛れもなく『幸せの青い鳥』であったのだ。
 彼ら二人の関係性がその後どう変わったかといえば、実際のところ然程大きく変わったこともないが、ゆめは一層表情豊かに色々な顔を見せるようになったし、ディアボロはよく微笑むようになった。それだけのことである。
 そんな二人を他の住人はいつも腹立たしげに睨みつけ、時には和やかに見つめ微笑むことも───無くはなかった。ディアボロが死ななくなったことによって荒木荘は主に経済面で少なからず影響を受けたが、それも大した問題ではない。食費などよりも、住人たちの起こす騒ぎによる修繕費や無駄遣いの方が、余程家計を苦しめていたのだ。
 荒木荘は平和的に穏やかになり周りの家庭からの苦情も減った───というほど甘くはないが、多少の変化はあったのだろう。なにせ毎日死んでいた男が死ななくなったのだから。

「……あたし、ディアボロさん拾って良かったと思います」
「オレがおまえを拾ったはずだが?」
「あたしは死体になってたあなたを拾って家に送り届けましたけど」
「オレは家を無くしたおまえを拾って住む場所を提供してやったが」
「…………まあどっちでも良いですよ」
「そうか」

 彼らの会話の調子はいつまで経っても変わらないだろう。それはもちろんそうであるべきだ。ここは荒木荘。恋人らしく甘すぎるやりとりなどしてしまえば、たとえ死なないにしてもキラー・クイーンが爆破しているはずだ。しかしそうでなくとも彼らにとってはその程度の距離感というのがなにより心地よく、安心感があった。
 つまりは、ごく一般的な男女なのである。
斯くしてディアボロはレクイエムの力を乗り越え、普通の、本当に普通の幸せを手に入れることが出来たのだ。
彼女の能力だけでなく彼女自身が彼の『青い鳥』であったことは、きっと間違えようもない事実であった。

End.