父と娘

何故私が日本人でありながらアメリカに住んでいるのかということだとか、親は、家族はどこにいるのか────そもそも存在しているのかということだとか、疑問は挙げてしまえばきりがないけれど、何より一番疑問に思うのは何故私はアメリカ合衆国の大統領に育てられているのかということである。
本当の家族ではないのは顔立ちからも国籍からも当然分かるし、遠い親戚であるとか家族の友人知人であるとかそんなことも既に彼本人から否定されている。
しかし残念と言っていいのか幸いと言うべきか、大統領の養女であるからといって特別で豪華絢爛な暮らしをしているかと言えば別段そんなことはない。
普通の小学校へ通い普通の中学校へ通い普通に公立の高校へ通い。家だって少なくとも今はホワイトハウスに住んでいるわけではないし、彼と一緒に暮らしてもいない。
幼い頃は彼と暮らしていた記憶はうっすらとあるが今はもはや一人暮らしに近い。とはいえ彼は私をいたく気に入っていて所謂親馬鹿のようなものであるため、ほとんど毎日この家に訪ねて来ては私と会話を交わしてから帰っていくような暮らしをしていたけれど。

この家は小さい訳ではないが決して大きいということはない。ごく一般的な庶民の住宅といえる。
しかし私一人で暮らすには少しばかり広すぎる。寂しいということは無い。寂しくはない。

「結芽」

「なんですか、ヴァレンタイン大統領。お茶のおかわりでしたらすぐに」

「……結芽」

小さく溜息をつき、彼は紅茶を啜る。
何故名前を呼ばれるのか分からず私は小さく「はい」と返事をして、上げかけた腰を再び椅子におろす。

「わたしはお前を本当の娘のように思っている。愛している」

「はぁ、どうも」

「お前は何故、そうやって」

そこまで言って言葉を切る。沈黙。しかし彼の言いたいことはなんとなく分かった。

「……幼い頃とは話が違います。私だってもう、何も知らない世間知らずのお子様じゃありません。あなたはアメリカ合衆国の大統領ですし、私はただの庶民です」

「お前は異様な程に庶民であることにこだわる。しかしそれは何故だ。いくらでもわたしに我儘を言えば良い、父であるわたしに甘えれば良いものを」

ここ二年半ほどの期間ずっと仕事が忙しく私の家を訪ねる余裕もなかった彼は、久々に会った義娘が自分を父として扱ってくれないことに不満を感じるらしい。
そんなことは私だって分かっている。育ててくれた恩もあるのだし、彼がそれで喜ぶなら素直に甘えれば良いと思う。
しかし私はそれをしない。彼の地位を知ってそう簡単に出来るものではない。本当の家族であるならまだしも、私は所詮は養女でしかないのだ。拾ってきた犬や猫と大して変わりないのだ。
明らかに不機嫌な彼の様子が嬉しくもあり、しかしそう思えば思うほど申し訳なく、けれどどうにもならなかった。

「……では、……お父様」

「昔のような呼び方は、もうしないと言うか」

「……あの」

「パパと呼ぶ気は、ないと言うか」

精一杯の妥協も却下である。
パパ。懐かしい。懐かし過ぎる。
あの頃を思い返せばあまりの無礼に死にたくもなるのだが彼はそんなことは考慮してくれない。頭を抱えたくなる。
親心は理解しているつもりだが時折まったく理解が及ばないし、彼もまた思春期の義娘の気持ちなど理解は出来ない。

「振り返ってみれば中学生であるお前が一番可愛らしかった。今も昔も可愛い娘であることは違いないが中学生、ああ、中学生であった頃は本当に素晴らしかった。嬉しそうに友達とはしゃぎながらもわたしの姿を見つければ目を輝かせて手を振ってくれたな。一緒に買い物へ行こうと言えば恥ずかしげに文句を言いながらも嬉しそうにしていた」

「……忘れて、ください……」

「忘れるものか。可愛い娘との思い出を忘れてしまえるほどつまらない人間ではないつもりだ。……だからそう、お前は」

私は思わず顔を顰める。

「────反抗期、なのだな」

そんなことは私が一番分かっていた。