くだらない言い訳も

「トリック・オア・トリート」

差し出された右手にリゾットは内心困惑し、しかしそれを表には出さず黙って顔を上げた。愉快そうに弧を描いた口元が目に入って、ああまたこいつは何か余計なことを考えているのだなと呆れた。

「なんだか不機嫌そうね、リゾット」
「……いや」

それはおまえが、と続けようとした言葉を飲み込んで、今更ながら気付いた彼女の格好へ目を向ける。
おそらく吸血鬼のつもりなのだろう、全身を黒い服で包みおまけにマントまで付けている。にやりと笑えば、鋭い牙まで見えて、思わず顔を顰めた。

「その格好はもう少しどうにかならなかったのか」
「え? やめろとかじゃあないの」
「おまえはやめろと言っても聞かないだろう」
「……うん」

よくわかってるね、さすがチームのリーダー。なんて、からかうような口調で彼女は言って、笑った。そして再びリゾットの目の前へ右てのひらを差し出す。

「ねえ、ほら」
「……ナマエ」
「トリック・オア・トリートだってば、二度も言わせないでよ、ねえ」
「───……仕方がない奴だ」
「お? もしかしてほんとにお菓子あるの?」

ひとつ溜息を零して立ち上がったリゾットにナマエは目を輝かせて、彼の向かった方向を追うように視線を動かした。
ナマエはこういった年中行事が好きで、何かあればすぐに騒ぎ出す。面倒に思うことがない訳ではないのだが、いや、いつものことだ、と半ば無理矢理に納得してリゾットは毎回彼女のお祭り騒ぎに付き合ってやるのだ。

「え? え? ケーキ? かぼちゃのケーキ!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねるような勢いで喜ぶナマエにリゾットは小さく苦笑いを零し、用意していたそれを彼女に手渡した。

「さっすが、さすがリゾット! 最高、素敵、大好き!」
「……ケーキひとつで喜ぶなら安いものだな」
「安いってなによ、安いって……あー、もうやばい、このケーキ持ってるだけでいい匂いする、最高」

彼女は嬉しそうに、それどころかむしろ幸せそうに、口元をほころばせる。吸血鬼の格好とそのだらしのない表情がなんだかアンバランスに思えて、ついふっと笑ってしまうような可笑しさを感じた。

「ふぁひふぇ、……なに変な顔してんの?」
「口の中のものを飲み込まずに喋るな」
「だから途中で飲み込んだじゃん! 言い直したじゃん!」
「初めから飲み込んでおけ」

むっとした表情すらも子供っぽくて可愛らしいものだ。なんて、そんなことは本人には絶対に言ってやらないのだが。
仕草や表情のせいか実年齢より幾分か幼く見える彼女を、初めて会った時から小さな子供のように思っていた。可愛らしく思えてしまうのはそのせいだろう。たぶん、おそらく。いや確実に。
───言い訳みたいじゃあないか、そんなのは。考えれば考えるほど自分の思考すら訳が分からなくなるので、全部を振り払う。馬鹿みたいに滑稽だ。

「……リゾットからはケーキもらったしー、ペッシはキャンディくれたし。次は誰のところへ行こうかな、メローネは……うーん、お菓子くれなさそう」

自分で言ったくせにメローネの名前を出した途端ひどく顔を顰めたナマエを見る。メローネをほんの少し不憫に思ったが、まあそれも自業自得というものである。日頃の態度が悪い。

「まさかとは思うが、チームの全員に菓子をねだる気か?」
「多い方が良いじゃない?」
「……金に困っている奴も居るだろう」
「ペッシがくれたキャンディくらいならどうってことないでしょ」
「そういう問題ではない」

じゃあどういう問題なんだとでも言いたげにナマエは眉を寄せた。
いや、自分はただチームのメンバーの心配をしているのだ。ナマエに振り回されるのは疲れるだろう。彼女のような自由奔放でわがままな少女の相手をしてやれるのは自分くらいのものだ。そしておそらくこれは、うぬぼれでは、ない。

「……とにかくやめておけ」
「でもだって今日はせっかくハロウィンなのに」
「さっきのパンプキンケーキで充分だろう」
「……うーん、まあ、おいしかったけど」
「だったら、」
「それとこれとは別なの!」

───うぬぼれではない、と、思いたい。思いたいのだけれども。実際は自分だって振り回されてばかりだ。そもそも一体何に対しての言い訳なのか。

「……プロシュートならお菓子くれるかな……。いや、ホルマジオ……イルーゾォならどうかなぁ」

独り言のようにひとりひとり名前を挙げていく彼女を引き留めたいと思うのは、決して独占欲なんかではなく、そんな自分勝手な感情ではなく、ただチームのメンバーが心配で。
───完全にただの言い訳だった。
ナマエはマントを揺らしてくるりと振り向いて、微笑んだ。

「リゾットも一緒にお菓子もらいに行こうよ」

一瞬、ほんの一瞬だけ思考をクリアにして何もかもを頭の中から追い出して、それから思い切り顔を歪めて大きく溜息を吐き出す。
困った奴だ、まったく。本当にこいつは。
呆れたふりをしてみせるが、実際のところ呆れているのは自分に対してである。
もちろんそんなことは誰にも言いはしないのだけれど。