02

 こいつはもしかしてとんでもない馬鹿なんじゃあないかと、ディアボロは思った。
 初めに会話を交わした吉良吉影の第一声が「君の手はあまり好みではないな……」であったというのにゆめは「まじですか。あたしも手より足の方が自信あります」なんて言いやがるし、DIOが「初めて見る顔だな……どうだ、ひとつわたしと友達になってみる気はないか」と囁けば「初対面で友達になれたのは初めてです」なんて喜ぶし、カーズが「このカーズは究極生命体なのだ。貴様のような人間に興味はない」と言えば「おお、斬新ですね」と返す。なにが斬新だ。阿呆かこいつは。
 おまけに「君は引力を信じるか? これは我が友の言葉だ。君はどうだ、引力とは何だと思う」とプッチに問われ「こんなところでニュートンに出会うとは思いませんでした。……引力ってニュートンでしたっけ」と笑い「おまえ頭大丈夫か?」と訝しげに訪ねたディエゴに「頭は大丈夫ですよ、それ以外のことで困ってるんです」と言って眉を寄せていた。頭だって大丈夫じゃあないだろう。

「つまるところおまえは何者なんだ」
「人間以外に見えます?」
「そういう意味で言っているんじゃあない」

 ゆめは大きく肩を竦めた。

「アイムゆめ。ドゥーユーアンダスタン?」
「……No」

 雑に返したディアボロに、彼女はぱちくりと目を瞬かせた。

「ノー、じゃなくて、ノって言った……イタリアですか」
「見ればわかるだろう、イタリア人だ」
「見た目的にアメリカだとかその辺りのへヴィメタルバンドの人に見えました」

 真顔でそんなことを言わないでほしい。ディアボロは今日一日で一体何度溜息をついたかわからないほどだった。今日に限った話ではないが。

「しかしディアボロ、おまえが帰り道で死ぬことなく戻ってくるなんて珍しいことだな」

 心なしか不服そうにDIOが言う。
 確かに言われてみれば今日は死んだ回数がそれなりに少ない。最高記録かもしれない。こんなことで喜べる安上がりな自分がとてつもなく哀しかった。

「おお、何度でも死ぬって話はマジなやつだったんですね」
「ずっとそう言っている」
「生き返るんですか」
「少し違う。死んでいるのに死ねないんだ」

 理解できない、と言われることを予想していたがしかし彼女はふぅん、とひとつ頷いただけだった。

「……理解しているのか?」
「ええ、まあ、なんとなく」
「そもそも信じているのか、こんな話を」
「ええまあ……なんとなく?」

 ゆめがどんな人間であるかだいたい読めたような気がした。言葉で言い表すにはなんとも難しいが、つまりはこんな奴だ。こういう奴なのだ。何事も強く否定しない代わりに、深くは追求しない、そういう性格。
「今まで雑に生きてきてますし、大概のことは受け入れちゃいますよ」と彼女は笑った。常に薄く笑みを浮かべているので表情の変化が分かりづらいのではと初めは懸念していたがまったくそんなことはなかった。とても非常にmolto分かりやすい。一体何への安心だかわからないが、ディアボロは安心した。

「話を戻すがとにかくおまえは何者だ。太陽の下に居たのだから吸血鬼ではないのだろうが、ただの一般人にしてはおかしい。色々と。スタンド使いか」
「スタンド使いってのが何なんだか知りませんが。Sig.ディアボロはスタンド使いですか?」
「スィニョールの発音がヘタクソだな……。ああ、言っていいのかわからんが───いや、既に何もかも教えてしまっているから今更だな。オレは、スタンド使いだ」
「日本人に正しい発音を求めちゃあいけませんよ。それで、そのスタンド使いってのは結局何なんでしょう。職業的なあれですか」
「……あえて言うなら能力者だな」
「そりゃあ、あれですね。少年漫画の世界ですね」

 にやりと楽しげに彼女が笑った。まるで信じちゃあいない。
 オレの死は信じるくせにスタンドは信じないのかとディアボロは微妙な気持ちになったが、しかしまあ、致し方ない。そんなものだろう、と半ば無理矢理に納得する。彼女はきっと、実際にスタンドを目にしたこともないのだし。

「スタンド能力なんぞに意味はない。究極の生命体になってこそ……究極生命体こそが何よりも強い」

 カーズが鼻で笑って、ディアボロを吸収しようとする。ゆめはそれをぽかんと眺めていたが、しばらくすると納得したようにうんうんと何度も頷いた。

「……なるほど、究極生命体、ですね」

 ゆめは「この目で見たものしか信じない」などという面倒な思考の持ち主では決してないが、自分の目で見てしまえば信じざるを得ないと思っていることもまた事実である。
 そして彼女は少し考えた。ディアボロを助けた方がよいのだろうか。いや、どうせ死んでも死なないのだから良いか。決断を下すとゆめは満足したように立ち上がって吉良吉影に話しかける。

「すみません喉渇いたんですけど、お水もらえません?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございます」
「───おい……おい、ゆめ」

 不満気なディアボロの声にゆめは振り返る。くすっと笑った。

「助けてあげませんよ」
「なぜだ」
「まだ死んでないじゃあないですか。どうせ死んだら戻ってくるんだし、だったら死んでもいいやくらいの軽い気持ちで生きたらどうです? いちいち死にたくない死にたくないって逃げる方が疲れますって」

 肩を竦めるゆめをディアボロはぎろりと睨みつけた。しかし半分くらいカーズに吸収されているためまったく迫力というものがない。なにかのギャグじゃあないのかこれは。ゆめは可笑しそうに顔を歪めて笑った。

「おまえにわかるものか、幾度となく死を繰り返すこの苦しみが……この痛みがおまえにわかるものか」
「ええ? じゃあ、あたしも死んでみたら良いですかね」
「……おまえは死んだらそれきりじゃあないか」

 はぁぁ、と、彼は大きく溜息をつく。
 思えばディアボロにとってゆめはついさっき会ったばかりのただの一般人だ。まったく何の関わりも───火事に巻き込まれたという意味では「ある」と言えなくもないが、それ以外には無い。ただ家のない新人浮浪者を家に連れ込んだだけのことである。嫌な響きだが。
そう、出会いから今までの流れがあまりに奇妙で半分忘れかけていたがこいつは───ゆめはただの他人なのだ。ただのごく一般的でごく普通の人間でしかないのだ。何故こんな奴に悩まされねばならないのか。
 ディアボロは新たな苦労が増えた気がして眉根を寄せた。本来一番の苦労人は吉良とディエゴであったが。
 思いついたように、「でも」とゆめが声を上げる。

「ここまで吸収されても死なないもんなんですか」
「……なぜだ。食ったような感覚が無い」
「……ディアボロさん。ちょっと『出てきて』ください」

 何を言っているんだこいつは。ディアボロはうんざりとした目でゆめを見た。

「なんだか痛くもなさそうですし。試しに出てきてみてくださいよ」

 少し考えてから、既に吸収されたはずの右腕を引き抜く。

「…………カーズ。本当に食ったのか、これ」
「……知らん」

 ゆめの言う通り、ディアボロはそこから出てくることができた。
 確かめるように手を握ったり開いたりするディアボロを、ゆめは食い入るように見つめる。

「……、なんか……気持ち悪いですね。食べられたのに出てくるだなんて」

 お前が出てこいと言ったんじゃあないのか。ディアボロはゆめの頭をぱしんと軽くはたいた。