一晩経っても、ディアボロの頭の中はすっきりしないままだった。
独占欲というのはただ彼女の能力及び彼女を利用するのは自分だけでありたいと、そのような意味だと思っていた。実際、ゆめの方もそんな意図での発言だっただろう。しかし───DIOである。問題なのはDIOの発言である。
────そういった感情、だと?
ディアボロは唇を噛み締める。深く考えれば考えるほどなんとも気恥ずかしく耐えられないので、正直もう何も考えたくはなかったが。
「……おい。おい、ゆめ」
「はい?」
「おまえはオレをどう思っている」
「…………何ですか、藪から棒に」
わからないので当事者の考えでも聞こうといった安直な考えだったが、ディアボロは質問した後すぐ後悔した。馬鹿かオレは。相手の気持ちを聞きたいとか、恋する思春期少年か。逆に地雷を踏んでどうするんだ。馬鹿なのか。
「いや……うーん、そうですね。面白い変な人だと思ってますよ」
ごく普通の返答だった。変な人というのはいただけないが、面白いと形容が付いているのだから多少なり好意的には思っているはずだ。ディアボロはなんだか少し安心した。その様子は非常に滑稽でもあり、外野から見守るDIOはにやにやと楽しげな笑みを浮かべていたのだが自分のことに必死なディアボロは当然気が付きもしない。
「面白い……変な人……? う、うむ、そうか……」
「んで、そんなこと聞いてどうするんですか」
「どうす──る? い、いや……特に何も」
「なんとなく聞いただけ、みたいな?」
「そうだ、それだ。なんとなく聞いただけ、みたいな」
ゆめは訝しげな視線を送ったがディアボロはそれにすら気付くことはない。頭の中がまとまらないのだ。ただただ必死に瞬きを繰り返している。
DIOは大笑いしてしまいそうになるのを必死に堪え、口元を押さえた。
「何を見ているんだ、DIO」
背後から急に話しかけられ、しかしDIOは驚くこともなく返す。
「ああ……面白いものを観察しているのだよ」
「面白いもの……か。それはつまりあのゆめという少女とディアボロのことかい?」
そこに居たのはプッチであった。DIOはくくっと喉を鳴らして笑う。
「君も見てみるといい……面白いだろう?」
「ふぅん……。……なるほど、な……」
プッチはDIOと同じようにして二人を眺め、それから得心がいったようにひとつ頷く。
正直、DIOも嫌な予感はしたのだ。
その日の夜のことである。
「愛とは奇妙なものだな」
突然語り出すプッチに、ディアボロは眉をひそめた。
ゆめ、吉良、ディエゴは既に寝ている。起きているのは夜型のDIOとその友であるプッチと、睡眠の必要が無いカーズと───寝ようにも寝付けないディアボロだけであった。
「おまえ……何か変なものでも食ったか?」
「自覚していないというのか、君は」
プッチは心底驚いたとでもいうように眉根を寄せてみせる。癪に障る仕草だ。ディアボロは大きく溜息をついて頭を抱え、言った。
「おまえまでそんなことを言うのか……オレがこんなにも悩まされているというのに」
「悩まされている……? 悩むということはつまり既に答えは決まっているんじゃあないのか」
ディアボロは怪訝な面持ちで顔を上げる。そんな彼に、プッチは諭すように言葉を続けた。その目的はひとえに、愛に目覚めた彼の言動を、親友とともに面白がって観察したいというそれだけのことだったが。
「本当にその感情を有り得ないと思っているなら、すぐにでもその考えは切り捨て忘れてしまうはずだ。そうだろうディアボロよ。しかしお前はそうではない。悩んでいる。何故悩む? 悩む必要がどこにある? 迷いも躊躇いも必要ない……つまりは、そう」
そこで一旦言葉を切り、ぐっと顔を寄せる。
「───愛だ」
何を言っているんだこいつは。それがディアボロの素直な感想だった。しかしまあ、言いたいことはわかる。確かに本気でどうでも良ければ深く思い悩むことなどないだろう。その通りなのかもしれない。たぶんそういうことだ。そうなのだろう。ディアボロは覚悟を決めた。
「なるほど───愛か」
「そう、愛だ」
我が親友は何か洗脳の力でも持っているんじゃあないか、とDIOは内心恐怖した。完全に危ない奴である。前々から思ってはいたが。それでも構わないと思って──その方が都合が良いと思って、友になったのだが。
「そうか……つまり……この感情は愛だと」
「そういうことだ」
しかしDIOにとっても面白い展開であることは間違いないだろう。気を取り直してにやりと笑ったDIOの背中を、カーズは冷ややかな目つきで見つめた。