08

「オレはどうやらおまえを愛しているらしい」
「……。仕事無くして家無くして金無くして能力者になってギャングの元ボスと恋愛するって、あたしの人生最高にクレイジーですね」

 全部この数日の出来事ですけど、と付け加えてゆめは肩をすくめた。心なしか声に動揺が滲んでいるし、視線は不安定に下へ降りていて、ディアボロと目が合わなかった。

「……返事は」
「返事しなきゃいけない感じですか……」
「何故嫌そうなんだ。ちょっと傷付くだろう」

 だって。彼女は不満げに唇を尖らせる。

「なんかディアボロさんがあたしのこと好きとか普通に有り得ないっていうか……信じられないじゃあないですか」
「オレもそう思う」
「あんたが思ってどうすんですか」

 呆れたように大きな溜息をついて、ゆめはコタツ机に顔を伏せる。
 彼女が驚きも喜びもしなかったのがディアボロは少々不服ではあったが、突然のことであるしそれも仕方が無いことかもしれないと思った。これから徐々に落としていけばいいのだ。

「……保留にしときますね、返事」

 ゆめがぽつりと呟いた。
 保留、ということは、いずれ返事をする気はあるということだろう。完全に無かったことにされてしまうと思っていたディアボロは少し驚いた。

「ところで、その”らしい”ってのはどういう意味ですか」
「プッチに言われたのだ」
「……はあ、そうですか」
「仮にも神父が言うのだから、間違いないだろう」
「いやそういうの、人に言われて信じるもんじゃあないと思います」
「不満か」
「……少し」

 彼女は机に伏せて腕に顔をうずめているから表情は見えないが、彼女が不満だと言ったことがディアボロはなんだか嬉しく感じた。ゆめにしてみればその嬉しそうな様子が余計に腹立たしいのだが、ディアボロはそんなことに気付けるほど女心など理解していないし、彼女の気持ちもまったくと言っていいほどわからない。

「では言い直そう。オレはおまえのことを、自分の意志で、愛している。誰に言われなくとも」
「大真面目な顔して、そんなふざけたようなこと言わないでくださいよ」
「……おまえがそうやってはぐらかしているんじゃあないか」

 ゆめは言葉に詰まって、ゆっくりと顔を上げディアボロを軽く睨みつける。まったく迫力のないその顔に、ディアボロは少し笑った。
 基本的に笑顔を崩すことのないゆめの、珍しい様子だった。それを見ることが出来たというだけでもディアボロは満足感に満たされ、ああ、もっと早く口に出してみても良かったのかもしれないなんて思う。もっと早く、自分の感情を認めてしまっても。
 一方でゆめはディアボロのその柔らかい微笑に激しく動揺していた。彼のそんな表情は見たことがなかったし、しつこいようだが所詮は拾った死体くらいの認識でしかなかったのだ。愛しさの滲み出た彼の表情が、ゆめへの想いが偽物ではないことを物語っていた。

「……二度寝、してきます」
「もうすぐ昼飯だが」
「それまで寝ます。起こさないでください」

 ゆめは逃げるように布団に潜り込む。
 六畳一間というのは実に不便であると、ゆめは思う。こんなとき他に部屋があればこの部屋を出ることも出来たのに。しかし何より気に食わないのは、他の住人も平気な顔して各々のやりたい事をし続けていることである。それは家事であったり食事──石を齧ることを食事と言うのかはゆめにはわからないが──であったり動物のぬいぐるみを愛でていたりと様々であったが、そんなことはどうだっていい。こんな小っ恥ずかしい会話をよく真顔で聞いていられるものだ。いや、吉良以外は外国人ばかりのようだから、案外慣れているのかもしれない。
 とにかく、同じ部屋にディアボロが居ると思うとゆめは落ち着かない。どうしろというのか。恋愛とかどうとかこうとかそんな話にはそれほど慣れてはいないのだ。いや、ごく普通の告白ならともかく、相手はイタリア人である。なにがTi amoだ。出会ったばかりの日本人にそんな台詞吐いてどうするんだ。
 深く息を吐いた。どうにも落ち着けない。こんな状況で落ち着ける方がおかしいが。
 見かねた吉良がゆめに声をかける。

「……寝るくらいなら、少し手伝ってくれないか」
「えっ……ああ、はい」

 ゆめはもそりと起き上がって、吉良の後を着いて部屋を出た。

「何を手伝えばいいですか」
「それは口実だよ。わたしが君と部屋を出るとディアボロはいい顔をしないだろう」
「……ありがとうございます」

 吉良は立ち止まって振り返る。

「───さて、どうする。そこの喫茶店にでも入るかい? 君の話を聞いてやるくらいならできる。うちでトラブルを起こされても困るからね。相談には乗ろう」

 ゆめは吉良の優しさに感動し目を輝かせた。実際にそれを優しさと呼ぶのかは別として、ゆめにとっては救いの手だった。

「良いんですか? 本当に、あの、ありがとうございます……」
「構わないよ。そこで良いかい?」
「ええ、どこでも」

 二人は近くの喫茶店へ入り、コーヒーとカフェオレだけを注文する。開店したばかりの店内にはほとんど人が居らず、ゆめはほんの少し安心した。

「……ディアボロさんは……何なんですかね」
「さあね。わたしにもよくわからないが、彼は君を愛していると言ったのだろう?」
「そ……れは、そう、ですけど。でもなんか」
「君の方は、彼を好きなんじゃあないのかい」

 ゆめはぐっと思い切り眉を寄せて顔を上げた。ふぅ、と吉良はひとつ息をつく。

「わたしには、普通の愛だの恋だのはわからない。だが君、その反応はディアボロを好いているということじゃあないのかい? 顔が赤くなっているし、脈も速い」
「……不整脈ですかね」
「…………ゆめ」

 ゆめはきゅっと唇を噛み締めてから、観念したように嘆息して軽く両手を挙げる。

「わかりました、わかりましたって。でも、好きとかじゃあないと思います。突然愛してるとか言われたら、誰だってビビりますよ。それもディアボロさんに」
「あいつも顔は悪くないからな。無駄に」
「そうです、……でもなんか」

 ゆめは視線を落として俯く。普段からへらへらと笑っているはずのゆめらしからぬそのしおらしい様子は吉良から見れば非常にわかりやすかったが、しかし今は指摘せず黙って話を聞くことにした。彼なりの気遣いである。あるいは、指摘してやるのが癪だったとも言えるかもしれない。

「なんか……正直なところ言うとディアボロさんって、ただの面白い拾い物というか、動く屍をゲットした感覚だったんですけど」
「想像以上にひどいね」

 黙っているつもりだったが思わず反応してしまった。ゆめは小さく笑って頷く。

「まあ、そうなんですよ。他の住人さんたちもみんなその程度の扱いでしたし。ディアボロさんって、そういうおもしろポジションっていうか……」
「…………」
「でもまさか、ただの面白い死体程度にしか思っていなかった相手が、自分に対して愛してるとか───思わないじゃあないですか」
「…………。それは、まあ」
「確かに顔は整ってるし、なんだか強いみたいだし、それはまあ、格好良いと思わなくもないんですけど。能力のためでしょうけど、あたしにはなんだかんだ丁寧に接してくれてるし──」
「───わかった。もうわかったよゆめ、君は彼が好きなんだろう」

 聞いているうちに妙な気分になってきた吉良は、途中で雑に打ち切った。ゆめも一呼吸ほど置いて、はあ、と曖昧に頷いた。吉良はもう、これ以上他人の惚気など聞いていられなかった。
 帰ろうか、と立ち上がれば彼女も無言で頷く。何やら深く考え込んでいるようだったので、吉良の方も無言で会計を済ませ、店を出ることにした。

「────まあそんなわけで、あたしもディアボロさんのこと好き”らしい”んですけど」

 帰ってきて早々そんなことを言うゆめに、ディアボロは面白いくらいに大きく顔を顰めた。