ようこそ荒木荘

「――というわけで、これからお世話になります」
「どういうわけだ」

 六畳一間の一室で三つ指ついて頭を下げたわたしに、住人たちのツッコミが刺さる。そりゃあそうだ。どういうわけだかわたしにもわからない。

「まあ、わたしもラスボスだから、全ては終わったわけだしここに住むのが自然な流れじゃあないかしら?」
「それもそうなのだ」

 長髪のふんどし男が頷く。いやいや、物分りが良すぎる。有り難いのは有り難いけども、何の疑問も持たないとなるとそれはそれでどうなんだ。心配になってしまう。わたしが心配するような立場でもないのに。

「しかし、パッとせん奴だな。本当にこのDIOと同じラスボスなのか?」
「なッ……フン、失礼ね。そりゃあ、あんたに比べたら大抵の人間はパッとしないわよ」

 開口一番失礼な奴だ。というか、まじまじと顔を見られている割に、第一印象それだけなのかよ。若干の悲しさを覚えたが、まあそんなことはどうでもいい。わたしのプライドにかけて、精一杯気にしていない風を装う。出来ているかはわからないけれど。いや、わたしだって、これでもごく一般の水準から見れば多少整った顔立ちをしている自信はあるのだ。しかしこの全体的に黄色いんだか黄金なんだかよく分からない吸血鬼――DIOと言ったか――は、わたしなんかとは比べ物にならない程に、恐ろしい程に美しく整った端正な顔立ちをしている。そんな顔を目の前にして大口を叩けるわけもない。わたしは所詮、ただのビビリの人間なのである。

「しかし困ったな。こんな狭い部屋にただでさえ大の男が七人も生活しているというのに、一人増えるだなんて……」

 サラリーマン風の男が、フゥ、と溜息をついた。たしかに、部屋の狭さは問題かもしれない。本当なら全部わたしのスペースだと主張して広々と使ってやったり、勝手に増築してやったりしたいところだけれど、後から来たくせに横暴な振る舞いをするのはさすがの黒木玲香でもなんだか少し憚られるし、生憎お金もない。

「まあ、その……出来るだけ大人しく生活するわ。そうするように心がける。部屋を広々使って私物でいっぱいにしたり、大暴れなんてしないわよ」
「本当か……!?」

 自分に言い聞かせる意味も込めてわたしが宣言すると、彼は目を輝かせた。輝かせた……というよりは、暗い瞳のまま顔面に喜色を滲ませただけと言った方が正しいけれど。

「ありがとう、助かるよ。私は吉良吉影。いや、まったく、奴らにも見習ってほしいものだね。私物を買い込んだり、暴れてその辺を吹っ飛ばしたり店を壊したり……」
「え? なんだ、みんなやってるのね……」
「え?」

 それならわたしが遠慮するまでもないのでは?と思いかけたが、吉良の表情が変わるのを見て慌ててにっこりと微笑んで誤魔化した。誤魔化せているといいな。
 しかし、この部屋の住人たちはどうやらみんな好き放題に暮らしている様子だ。わたしでもやっていけるかもしれない。なんだか少し希望が見えてきたような心地だ。

「もちろん、迷惑なんてかけないわ。仲良くやっていきましょうよ」
「仲良く……はちょっとわからないが、本当に大人しく暮らしてくれるのなら助かるね。今は外出中だが、ディエゴの奴も喜ぶだろう」
「ディエゴ? そういえば、七人暮らしてるとか言ったかしら。それなら、早いところ全員に自己紹介を済ませておきたいわね。他にも外出中のメンバーが居るの?」

 ディエゴという名前は、DIOと随分似た響きだ。兄弟か何かなのかもしれない。わたしが大人しくしていることで喜ぶということは、彼は日頃から他の住人の騒がしさに頭を悩ませているに違いない。可哀想すぎる。わたしも他人のことをどうこう言えるような人間ではないけれど、まあ、それはそれだ。

「そうだな……プッチという奴も居るんだが、奴は一応神父でね。刑務所だか教会だかへ行ってくると言っていたような気がする。あとは、本職が忙しくてあまりここへは来ないが、ヴァレンタインという奴もね」
「なんだか色々な人が居るのね……。個性豊かだわ」
「豊かなんてもんじゃあないさ」

 吉良は心底嫌そうにしかめっ面をして、吐き捨てるように言った。彼もだいぶ苦労しているんだろうな。

「吉良も大概だがな」
「カーズ、お前に言われたくはないぞ」

 どうやら、さっきの長髪ふんどし男はカーズというらしい。ということは、名前だけ教えてもらった分を含めて、これで六人だ。まだあと一人足りないけれど、外出組に含まれていないのなら、どこに居るんだろうか。

「ねえあなたたち、もう一人はどこに居るの?」
「もう一人? ああ……ディアボロか。居るだろうその辺に」
「その辺って、こんな狭い部屋で一人見落とすなんてことあるワケが――……なくないわね。死んでるけど」

 多分、あの棚に押し潰された死体がそうなのだろう。わたしの入居日と彼の命日が重なるなんて、なんだか嫌な感じだ。冥福を祈っておこう。

「君、拝まなくてもいいよ。あれは死んでいるが、別に成仏もしないしすぐに戻ってくるからね」
「どういうこと? 復活するなんて、不死身なの? 彼のところのジョジョ、よくそんなのに勝てたわね……」
「違う違う、そんな良いもんじゃあない。毎日毎日死に続けてるんだよ。その”ジョジョ”のスタンド能力でね」

 なんだかゾッとするようなことを聞いてしまった気がする。わたしがその立場だったら、あのジョースターのせいで何度も何度も死に続けて解放してもらえないなんて――やめよう。考えるだけ無駄だ。別に、わたしはそんな目に遭っていないのだし。でも、……ディアボロには少し優しくしてあげよう。

「というか、貴様もそろそろ名乗ってはどうなのだ?」
「あら、そうね。これは失礼、忘れてたわ」

 彼らの名前を聞くだけ聞いておいて、自分は名乗らないなんて。レディにあるまじきことだ。気を取り直して、すっと立ち上がり、ラスボスらしく、わたしなりに最大限かっこよく決めてみせた。

「わたしの名は黒木玲香よ。これから世話になるわ」

 と、宣言したところへガチャリと玄関の扉が開く音がした。

「帰ったぞ」
「ただいま。ちょうどそこでディエゴと会っ……」

 二人分の声とともに、特徴的な帽子を被った金髪の男と、キャソックを着た神父が入ってきた。わたしはというと、……まだポーズを決めたままだ。

「…………」
「…………」

 部屋へ入って来た二人――状況と聞いた話から言って十中八九ディエゴとプッチだ――は、ほんの少しだけ目を丸くして、見慣れない住人、つまりわたしを見つめている。無言のまま。なんだか急激に恥ずかしくなってきて、わたしはその場に正座した。

「おッ……おかえりなさい。お邪魔しているわ」
「お、おお……どうも……」
「……いらっしゃい、で良いのか……?」

 どう見ても困惑している。二人ともだ。わたしを指差してニヤニヤと笑っているDIOを睨み付けるが、こんな状況じゃ絶対になんの迫力もない。覚えてろよ……と悪役らしい台詞を吐きたくなる。いや、どう考えても負け犬のセリフだけど……。
 ここでのわたしの生活は、想像以上に騒がしいものになりそうだ。