Let’s Play Game

「ねえ、何か新しいゲームを貸してくれない? 今遊んでるやつは別として、持ち帰り用に」

 視線はテレビ画面へ向けたまま、コントローラをガチャガチャと操作しながら言うと、隣に座るわたしの友人は深く溜息をついた。

「……またですか? 何度目だと思ってるんですか」
「さあ、何度目だったかしら」

 彼――テレンスは呆れたように肩をすくめた。しかし彼もわたしと同じく画面から視線を外すことはしないし、操作にもまったく狂いがない。さすがはテレンス・T・ダービーである、と言うべきか。
 彼は、わたしが荒木荘へ来てから出来た友人である。貧乏な荒木荘で娯楽に飢えるわたしにあれこれとゲームを持ち掛けてくれていて、時々はボードゲームなどを借りて帰ったりもしている。

「──ああ、負けた……なかなか勝てないのよね、いつも」
「たとえスタンドを使わなくとも、ゲームは得意ですから。とはいえ、あなたも充分お強いとは思いますがね」
「あなたのそういうところ、本当に……なんというか、ムカつくわね。慇懃無礼って言うのよ、それ」

 じとっと横目でテレンスを見るが、彼は気にした風もなく立ち上がる。棚の方へ向かったのを確認して、わたしは卓上のグラスに手を伸ばした。

「──どういうゲームが良いんです?」
「さあ……DIOや吉良やプッチ、それと不在がちなファニーはあんまりゲームしないし、たぶんドッピオくんかディアボロか、ディエゴ辺りと遊ぶと思うから……単純かつ面白いのを頼むわ」
「前回もそんなことを言いませんでした?」
「そうだったかしら? まあなんでも良いでしょう」

 注文が多いだのなんだのと文句をつけながらも、彼は棚の中に綺麗に並べられたゲームからいくつか抜き取ってわたしに差し出した。彼の持っているゲームに外れはないから、どれをやっても面白い。いつも彼にゲームを借りる理由がまさにそれである。
 ゲームを借りるだけなら、時々JOJO苑で会う花京院くんでも問題はないのだが、ゲームの好みが微妙に──本当に若干だが、合わない。
 それに加え、テレンスは言葉遣いこそ丁寧だけれどなかなかに毒舌なので、口の悪いわたしでもそういうところに気を遣わなくて良いというのがわたしとしてはかなり楽なのである。気兼ねなくゲームの貸し借りが出来る知人が居るというのはありがたいことであったし、それは生前──というのも変だけれど、こちらの世界へ来る前には無かったことであった。

「……ここへ来る度にヴァニラがわたしを睨みつけるのは少し面倒……だけど」

 心の中で呟いたつもりがどうやら声に出ていたようで、テレンスは苦笑いで視線を逸らした。
 しかし、彼に初めて会ったときは驚いたものだ。DIOはよく生前(?)のしもべたちの話を――聞いてもいないのに――話してくれたものだが、まさかその彼らもこの世界へ来ているとは思いもしなかったから。

「この世界ってほんっと……何と言うべきか。何でもありよね」
「どうしたんです突然」
「ジョースターと彼らに因縁のあるわたしたちと、その関係者たちが、戦いのない平和なこの世界に大集合してるのって……なんだか、まさに死後の世界って感じ。死んだら終わりだと思ってたけど」
「DIO様の望む──いえ、望んでいたと言うべきですか。その『天国』とは、まったくの別物でしょうけど。死後の世界は死後の世界ですが、こんな腑抜けた世界は天国とも地獄とも言えませんね」

 面白みのない冷めた感想だった。

「そうかしら。まあ、天国だのなんだのって電波っぽい話はDIOとプッチだけで盛り上がっててくれれば良いと思うわ。わたしは、ぜんぜん興味が無いし」
「……あなたといえども、あまり主を侮辱なさるのであれば見逃せませんよ黒木玲香」
「あら、べつに侮辱なんかじゃあないわよ。率直な感想」
「言葉を選びなさい。さすがあなたも、腐っても悪ですね」

 テレンスは軽蔑したような呆れたような視線をこちらへ送ったがそれを見ないふりして、わたしは涼しい顔でレモンスカッシュのグラスを口元へ運んだ。悪と言ったらテレンスだって相当な悪だろう。人のことばっか言ってんじゃあないわよ。ばーか。

「……もしかして今わたしのことを馬鹿にしてますか?」
「………………」
「…………。答えはYes、ですね?」

 本当に、本当に厄介なスタンドだ。承太郎はこんな奴によく勝てたな、と心から思う。わたしは降参の意味で軽く両手を挙げた。

「……ソーリー」
「いい加減になさい。少しは反省したらどうですか」
「わたし、こういう人間だもの」
「あなたにもっとカリスマがあれば、その性格でも多少許されるところがあるんですがね。DIO様のように」
「人が気にしてるところを指摘するのって、めちゃくちゃひどいと思う」
「心の中で人を馬鹿にするのもひどいと思いますが?」

 ごもっとも。何も言えなくなってしまった。

「DIO様を見習ってはいかがです」

 ごめんなさいテレンス。あなたたちと館にいた頃のDIOは知らないけれど、我が家のDIOは可愛らしい問題児なのです。残念ながら、既にカリスマ吸血鬼ではないのです。そのくせに部下の前でだけは恰好つけたがるようなお茶目な奴だから、きっとあなたは知らないだろうけど。

「……ていうか、そもそも、ねえ」
「……何です?」
「DIOとわたしなんか比べたって───比べようもないくらいでしょう? どう考えたってDIOの方が悪だし、見習ってどうすんのよ。これ以上の極悪人になんて、べつになりたくないわよ」
「極悪人が何をおっしゃいますか」

 冷めた視線が刺さる。そこまで言われるほどじゃあない。――なんて言ったら、ジョースターは怒るかしら。怒るだろうな。わたしが極悪じゃあないのなら、彼は何のために戦ってたのかわからないし。

「……ねえ、もう帰っていい?」

 半ばやけくそでそう吐き捨てると、彼はこちらへ視線を寄越すこともなく淡々と返す。

「お好きにどうぞ?」
「…………。なんなら、テレンスも来る?」

 彼は驚いたように、目を丸くした。

                        

「…………何故DIOの手下が居るのだ」

 不機嫌そうにカーズはわたしの隣を睨みつける。しかし当の本人───テレンスは、まるでカーズなど視界に入っていないかのように知らん顔で靴を脱いだ。

「日本式で、よろしかったですよね? ……お邪魔します」
「……!? 靴を脱いでる……!」
「そこに感動してどうするんですか……」

 だって、だってここの住人達はみんな靴なんて脱ぎやしないのだ。アメリカ人とかイギリス人とかそもそも人外とか、そんな奴らだから仕方ないのはわかるけど、わたしや吉良がどんなに言ったって靴を脱がないのだ。テレンスが靴を脱いだのは、”残念なことに”とても衝撃的だった。何が残念って、他の奴らが靴を脱がないことに慣れてしまっているところよ。

「貴様……このカーズを無視、だと……?」
「DIO様、ご無沙汰しております」
「ああ、久しいなテレンスよ」

 完全にスルー。完全にスルーだ。さすがにひどい、テレンス。カーズが可哀想――でもないけど。

「──じゃなくて! ええと……テレンスを連れてきたのはみんなでゲームしようと思って、なんだけど」

 はあ?とでも言いたげに彼らはわたしを見た。何だその反応は。割とどうでもよさそうに白けた顔をこちらへ向ける彼らに、わたしはほんの少し唇を尖らせる。

「いちいちテレンスにゲーム借りるよりも、テレンスごと連れてきた方がいいかなとか思っちゃったのよ」
「理由になっていないが」
「いいのよそんなの。わたしがするって言ったらするの」

 誰よりも冷めた反応のプッチを押し切って強引にそう言った。ゲームは大人数の方が楽しいのだから仕方がない。例外もあるけれど。

「で、何をやる? ビデオゲームでもPCゲームでも……何ならボードゲームでも良いわ」
「そんなに持ってきたのかよ」
「帰りはテレンスが自分で持って帰ってくれるから大丈夫よ」
「本当に……あなたという人は」
「本当にごめんなさいそしてありがとうテレンス。最高、超好き」
「心のこもってないお言葉をどうも」

 わたしは仲の良い相手には遠慮をしないタイプの人間だ。テレンスはこっちの世界へ来てから知り合ったばかりだけど、それでもかなり仲の良い友人だとわたしは思っている。少なくともお互いにゲーム仲間として認めているという自信は、ある。そんなわけだからわたしは決してテレンスを本気で馬鹿にしているわけではないし、友人同士の冗談のようなものだ。それでも頼んだことはしっかりとやってくれるところが、友人として好きだ。信頼している。わざわざ冗談だと明言せずに軽口を言い合えるのも、彼と話していて楽に感じる理由のひとつだと思う。

「……テレンス、おすすめのゲームは?」
「おすすめ……でもあなた、おすすめしても聞きやしないでしょう、いつもそうですが」
「今回は素直にテレンスのおすすめをやるわよ。それで? どれがいいと思う?」

 テレンスは持ってきた箱の中身にさっと目を通し、この中なら、と小さく呟いて、パッケージをひとつ取り出した。

「こちらのレースゲームですね」

 その瞬間わたしは負けを悟った。ゲームを開始するまでもなく負けを悟った。なんで、よりによってレースゲーム。なんでテレンスがイカサマしやすいタイプのゲーム持ってきたんだ、わたし。馬鹿だ。

 
 ――そもそも勝とうと思う方がおかしいのだ。勝てるわけもない。そりゃあそうだ。うんうん。

「見苦しい言い訳はやめた方がよろしいかと」

 イカサマしてるあんたには言われたくないわよ、と心の中で噛み付く。口にすると負け惜しみにしか聞こえないので、あえて言わなかった。

「……わたしはね、テレンス。あなたとゲームする時は、あなたがもしスタンドを使ったとしてもあまり支障のないゲームを選んでいたのよ」
「ええ、知っておりましたとも。だからゲームの選択はいつもあなたにさせていたじゃあないですか」
「そういえばそうなのよね、わたしがあなたのおすすめを無視していたのはイカサマ防止だったのに──すっかり忘れていたわ」
「だから確認しましたよね?」
「…………うーん。無かったことにしましょ。お茶にしましょうか」
「…………」

 しかしわたしはまだ良い。まだ良い方だ。ゲームは得意だし、テレンス相手でもそこそこ頑張った。頑張れたと思う。問題なのはわたしじゃあなくって他の───

「テレンスよ……主に対してもっと手加減しようとは思わなかったのか?」
「このカーズに勝とうとは舐めたものだな……イカサマというと、奴らを思い出して気に食わん」

 ……一番怒っているのは、当然一番プライドの高いこのふたりだ。
 他は純粋に落ち込んでいたり、そもそも何とも思っていなかったりという感じだ。それなりにゲームが出来るわたしと違って彼らはかなり早い段階でギブアップしたから、まあそうなるだろう。というかDIOの発言は手下に対して「手加減してくれ」と言っているようなものだけれど、そういう所に対するプライドは無いのか。いや、手加減されたらされたで怒るんだろうな。

「あ、ああいえ……すみませんDIO様、それと、あー……カーズ……様?」
「…………テレンス」
「な、なんですか……」

 テレンスは引きつった顔で無理矢理にでも笑おうとする。傍目に見ている分にはなんだか滑稽にも感じる。

「ひとつ、質問をしようじゃあないか……。右の拳で殴るか? 左の拳で殴るか? 当ててみろテレンス……」
「ひ、ひと思いに……右でやってくださいませんか」

 ――NO!!NO!NO!NO!NO!

「ひ……左、ですか?」

 ――NO!!NO!NO!NO!NO!

「両方ですかああ……」

 ――YES!YES!YES!YES!YES!
 ……あ、これ駄目なやつだ。

「もしかして無駄無駄ですかーッ!?」

――YES!YES!YES!YES!YES!

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!」
「…………えーと……そのへんにしときなさいよDIO。一応あなたの……手下なんだから……」
「問題ない。後で手当くらいしてやる」
「そういう問題じゃな──……そう。まあ、なんていうか、そうね……が、がんばってね」

 何をがんばるんだよと自分の中でツッコミを入れてみたが本当に何をがんばるんだろう。わたしは何を言っているんだ。ドン引きしすぎて思考能力が低下している気がする。
 とりあえず、どんなに腹が立っても自分の手下に攻撃するのはやめようと心に誓った。わたしにはもう、手下なんて居ないけど。

「DIO……その壊れた壁はどうするつもりだ?」

 ゴゴゴゴゴ……と聞こえてきそうな威圧感とともに吉良は冷たくDIOを睨みつける。
 ……やっぱり、一番怖いのは吉良だったかもしれない。
 わたしは見なかったことにしてそっと部屋を出た。戻ってきた時には色々と終わってたら良いけどな……なんて思いながら。