目指せニート脱却!

 その日。……というかいつものことなのだけれど、わたしたちはまた今日もコタツに入ってゴロゴロと寛いでいた。

「……ねえ、DIO」
「なんだ?」

 とりあえず近くにいたDIOに声を掛けてみる。寒さの所為か、みんなコタツから出ようとしない。ただし、吉良は外で洗濯物を干しているので例外。こんな寒い中家事を担当してくれている吉良には頭が上がらない。わたしも手伝ってあげるべきか――とは思いつつ、今回はまた別の計画があるのだ。

「DIOはこの状況、どう思う?」
「だから、何の話だ」
「こうやって働きもせず、毎日毎日ボーッとして1日が終わることよ。実に時間の無駄だと思わない? 無駄は嫌いだって言ってたじゃない」

 他のみんなにも聞こえるように少し大きめの声で言うと、パソコンで何かを見ていたディアボロが顔を上げる。多分、いつもの掲示板だろう。さっきウキウキした顔でキーボードを叩いていたから。

「……玲香も働いてないだろう」
「だから、わたしも含めての話をしてるのよ。……ちょっとカーズ、あなたもニートでしょう。無視してないで少しくらい話聞きなさいよ」

 確かにわたしもニートだ。何もしていない。それは認めよう。でも、DIOとディアボロはまだ話を聞いているだけマシとして、カーズに限ってはまったくのガン無視。就労意欲のない者をニートと呼ぶのなら、現状カーズが1番それに近いと思う。

「──カーズ?」

あまりに返事がないので、カーズの顔を覗き込んでみる。彼は顔を伏せて目を瞑って──寝てる!?

「ちょっと、カーズ? 確かに、寒い日に暖かいコタツに入れば眠くなる気持ちはわたしもすごく分かるわ、でも」
「玲香、気にするな。そいつのソレは寝たふりだ」

 ディアボロが呆れ顔でそんなことを言うので、一度ディアボロの方を向いてからひと呼吸おいてまたカーズを見ると、

「……口元ニヤけてるわよカーズ」
「何故バレたのだ……」

 驚愕の表情を浮かべて頭を上げたカーズ。何故バレないと思ったのか。というか何笑ってるんだ。うまくわたしを騙せたと思って愉快な気持ちになっていたんだとしたら、ちょっと気に入らない。

「なぁ玲香、つまり何が言いたいんだよ?」

 一人で石を齧っていたディエゴも、どうやら話は聞いていたようだ。わたしは姿勢を正すために一度座り直す。

「わたしたちも働いた方が良いかなって思ったのよ。いや、常々思ってたというか……。ほら、ディエゴや吉良にいつまでも収入任せっきりじゃあ駄目でしょ?」
「玲香、 お前……!」

 ディエゴが感激するのを見て、なんだか無性に気恥ずかしくて苦笑してしまう。ディエゴは本当は誰よりケチでお金にがめついところがあるのに、いつも金づる扱いされているから、鬱憤が溜まっているんだろう。さすがのわたしも、ちょっと可哀想だなとは思っていたのだ。

「でも玲香、働き口はあるのか? 働ける場所がなくては意味がないだろう」

 プッチも会話に参加して来て、少し意外に思う。彼は神父として働いているし、わたしたちニート組の仕事云々には興味がないと思っていた。

「そうねぇ……JOJO苑とか」
「却下なのだ」

 JOJO苑、という単語にあからさまに拒否反応を示すカーズ。いや、カーズだけではなくて、全体的に皆嫌そうな顔をしている。

「良いじゃない、あそこならきっとすぐ働かせてくれるわ。そうよそうよ、そうしましょう」
「待て待て、早まるな。そもそもだな、わたしたちだって働いた経験はあるぞ。吉良の勤めるカメユーでな」
「あら、そうだったの? どうして辞めたのよ」
「…………」

 偉そうに労働経験を主張してきたくせに、退職理由は後ろめたいことなのか、DIOは眉根を寄せて黙り込んでしまった。

「DIOが店を破壊したのだ」
「え……?」
「おい待てカーズ。わたしだけのせいにするな」
「何を言うか。だいたい貴様のせいなのだ」

 DIOとカーズの喧嘩はいつものことなのでどうでもいいとして、……吉良の勤務先を破壊した!? さすがのわたしでもそこまでやらない。というか、DIOのことだから、後のことまで考えてなさそうだけど……。

「ともかくそういうわけだから、わたしはパスだ」
「そ、そう……。じゃあ仕方ないわね……DIOは置いていくわ。残りのニート組は一緒に出掛けましょう。ディアボロは……死なない程度に頑張りましょ」
「それが出来たら苦労せん……」

 嫌々ながらも外出の準備をし始める彼らが、なんだかんだ素直で面白く思えてしまう。さて出掛けよう、と思ったところで、なぜかDIOも立ち上がっていることに気付いた。

「……? どうかしたの?」
「いや……」
「……。置いて行かれたくないならそう言えば良いじゃない」

 思わずにやりとして揶揄うと、DIOはフンと鼻を鳴らして、黙って先に部屋を出た。可愛いところもあるものだ。いつもこうならいいのに。
 

 
「──というわけで。わたしたち、ここで働いても良いかしら?」
「……待て。何故それを俺に言う」
「んん? ……そこに居たから。店長が他に居るのかしら? 呼んでもらえる?」

 無事にJOJO苑に着き、以前食事に来た時に知り合った承太郎という店員に声を掛けてみる。あの時はすぐ食べてすぐ帰ったから出会わなかったけれど、どうやら店主は他の人物らしい。呼んでくれるように頼むと、彼は「やれやれだぜ」と呟いて裏へ下がっていった。厨房の方に居るのだろうか。

「承太郎が居るということはやはり……嫌な予感しかせんぞ……」
「そんなこと言って、自分から付いてきたんじゃない」
「全くなのだ。大人しく家に居れば良かったものを」

 DIOは家を出る前より更に眉間の皺を深くして、心底嫌そうな顔をしている。そんな顔をするくらいなら来なければ良かったのに、おかしな人だ。人ではないけど。

「いらっしゃいませ! ……おや、ディオじゃあないか!」
「げっ、ジョジョ……」

 承太郎が引っ込んだところから出てきたその人は、DIOを見るなり親しげに相好を崩した。DIOにこんな知り合いが居るなんて、なんだか意外な気がする。たまに紹介してくれる彼の手下は、みんなもっと嫌な奴だし。そこが面白かったりはするのだけど。

「DIOの知り合いなのね? それなら話が早いわ。わたしは黒木玲香よ。実はわたしたち、ここでアルバイトをしたくて……」
「本当かい! それは僕らとしてもすごく助かるよ。僕はジョナサン・ジョースター。それじゃあ、店の裏で契約の話を――」
「おいジョジョ、呑気なことを言うんじゃあない。このDIOが来たのだぞ? 何故もっと警戒しない?」
「だって、ディオ。いくら君でも、こっちの世界に来てまで、まだ悪さなんてしないだろう?」
「………………」

 ――あのDIOが押されている!
 わたしはびっくりして、ジョナサンを見た。……いや、さっき、”ジョースター”と言った? ということは、この人って、まさかあのJ・ジョースターの――

「――黒木玲香ッ!?」

 どうして、名前を思い浮かべたときに限って、本人の声が聞こえてくるのか。恐る恐る振り向くと、彼は従業員の格好をしてそこに立っていた。心底驚いたように、目を丸くしてわたしを凝視している。

「ひッひさしぶりねジョースター! べつに今日は、あなたの嫌がるような目的じゃあないわよ。真面目に働くつもりで来たんだから、放っておいて」
「お前がか……? 肉を盗みに来たとか、タダ飯を食いに来たとかじゃあねえってのか……?」
「ちょっと! このわたしをそんなショボくさい人間だと思ってたのかしら!?」

 いくらなんでもラスボスのやることじゃあないでしょ。しないわそんなこと。
 それでもまだわたしから距離を取りつつ疑うような視線を送る彼のことは無視して、ジョナサンと話を進めることにした。

「あなたたちさえ良ければ、是非働きたいわ。ジョナサンの言う通り、わたしたちべつに悪さなんてしないわよ」
「おい玲香、何故決め付ける? オレはギャングのボスで……」
「あなたは今、下手に悪さなんかしたらすぐコロっと死んじゃうでしょうが。カーズだって人外とはいえ今この中では常識がある方だし、DIOはジョナサンの前じゃ滅多なこと出来そうにないし」

 小声で反論しようとしたディアボロにそう言い返すと、彼は悔しげに黙り込んだ。DIOもずっと苦虫を噛み潰したうな顔をしている。なんだか、ジョナサンと話すDIOはいつもより少し子供っぽく見える。彼らは知り合いのようだし、もしかすると子供の頃からの仲なのかも。

「はは、それじゃあ書類を用意しなくっちゃね。スタッフルームに案内するから、ちょっと座って待っていてくれるかな。――仗助! 案内してあげてくれるかい?」

 ちょうど他の客のところで注文を取ってきたらしく通りかかった従業員に、ジョナサンが声を掛ける。はいッス、と一言軽く返事をして、従業員の彼はこちらへ向き直った。なんというか――目立つ髪型だ。

「……ちょっとアンタ、なにジロジロ見てんスか? このおれの髪型に何かケチでも付けようってんならよ……」
「……ファンキーでイカしてるなァと思っただけよ。格好いいわね、それ。――スタッフルームってこっちかしら」

 髪を見てただけでこんなに威圧してくるなんて、この不良怖すぎる。まあ、他人のことをじろじろ見るのも不躾ではあるし、わたしにも悪いところはあった。詫びの気持ちも込めて一言褒めると、先程までの怖いオーラはどこへやら、人好きのする明るい表情で彼は店の裏の通路を指さした。

「ああ、そっちは従業員トイレっスね。スタッフルームなら、こっちをまっすぐ行ったとこの突き当りですよ」
「あら、ありがとう」

 彼、仗助の案内通りにスタッフルームの方へ向かう。おっかない奴だな、とか、殺されなくて良かった、とか、わたしのあとをついてくる彼らは小声で好き勝手言っている。声を潜めているだけまだマシというか、一応これから自分たちの職場になるかもしれないのだという気遣いが感じられて、わたしは密かに感動した。