Do not watch a movie?

ナマエはその日、メローネと共に買い物に行く予定だった。
特にこれといった目当てのものはない。
所謂ウィンドウショッピングであったり、デートだったりという名目の買い物である。
しかし残念な事に昨晩から雨が降り出してしまった。
風も激しく、嵐の一歩手前である。
これではショッピングの中止どころか、デートすら潰されてしまっただろうとナマエは僅かに落ち込んだが、昨晩のうちにかかってきたメローネからの電話で、その日の予定はショッピングではなく映画鑑賞に変更された。
昨晩から降り続ける雨を窓から見上げ、小さく息を吐き出す。
特に気落ちしているわけではない。
寧ろ、これから行う一仕事に取り掛かるための吐息である。

「メローネもそろそろ来る頃だろうし、出しておこうかな」

ぽつりと呟いて、ナマエは窓から身を離した。
冷蔵庫に向かい拳より大きな固形物を取り出す。
麺棒で均一に伸ばし、型を棚から取り出したあたりで玄関のチャイムが鳴った。
慌てて手を洗い玄関に向かえば、扉の外から僅かに声が響く。

『はやくー』

「待って、今開けるから!」

強請るような声音にナマエは小さく笑みを浮かべて扉を開けた。

「ごめんね、お待たせ」

「遊びに来たよ!これ、DVDね」

濡れた髪もそのままにメローネはへらりと笑って、雨に濡れないようにと抱えていたカバンから紙袋を取り出した。

「うわ・・・びしょ濡れだね」

メローネの動きを視線で追いかけていたナマエが、ぐっしょりと濡れてしまったメローネの袖を見つけるなり不憫そうに眉をしかめる。

「あぁ・・・傘さしてたんだけどなァ・・・」

メローネは握っていた傘を僅かに持ち上げると、傘の先端から滝のように雫が滴り落ちた。

「待ってて。タオル持ってくるから」

「ありがと」

ナマエはそう言うなり慌てて駆け出していた。
あっという間に数枚のバスタオルを手に戻ると、豪快にメローネの頭へとかぶせる。

「ほら、拭いて拭いて」

「優しく頼むよ」

「自分でやりなよ」

「えぇー・・・」

唇を尖らせながらもメローネは笑みを浮かべて、頭に乗ったバスタオルで滴る雫を拭き取った。
その間にナマエがメローネの体全身へとタオルをあてがう。

「他に濡れてる所は?」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「悪いけど、タオルはバスルームに置いてきてくれる?その間に何か温かい飲み物でもいれておくから」

既に濡れたバスタオルをメローネへと押し付けていたナマエは、体の半分をキッチンへ滑り込ませようとしていた。

「洗濯機にでも入れておけばいいかい?」

「うん、お願いね」

メローネは小さく頷いて、数枚のタオルを持ってバスルームへと足を向けた。
ややあってバスルームから戻ってくるなりキッチンを覗き込む。

「あ、ありがとう」

「いやいや、どういたしまして」

ナマエは言いながら、ケトルに水を汲んだりと忙しなく動き回っていた。
ちょっとして、動き回る背中をじっと見つめたメローネは、ナマエの背後に回ったかと思うと肩に腕をまわして背後から抱きついた。
そのままナマエの手元を覗き込む。

「何作ってるんだい?」

「うん?折角だから、今日食べるお菓子をと思って」

均一に伸ばされた生地の隣でケトルに火をかけていたナマエが顔を上げる。

「ソファに座ってていいよ?」

メローネはナマエの肩越しに、キッチンに広がった器具や何かの生地を見下ろすと、肩に回していた腕を解いた。

「いや、折角だから・・・手伝おうかな」

言いながら袖を捲くりにんまりと笑みを浮かべる。

「えぇ!?いいよ、座ってなよ!」

「どうせ暇なんだしさ」

慌てて首をふったナマエに、メローネは良いでしょと言って首を傾けた。

「別に手伝いなんて良いのに」

ナマエは僅かに笑みを浮かべて肩をすくめると、ケトルにかける火を消した。
メローネの分と言わんばかりにキッチンにスペースを作る。

「で、何をしたら?」

「クッキー焼くの。だから型抜きしてくれる?」

「任せといて」

幾つかの型抜きをメローネに手渡しながら、ナマエは均一に伸ばした生地をメローネの前にセッティングした。

「この辺?」

「そうそう」

メローネは一度型抜きを生地ギリギリに近づけて確認を取ってから、スッと型抜きを生地に押し付けた。
くっきりと切り取られた六角星を手に取り、まじまじと見つめる。

「ンッンー!いい感じ」

「他にも生地あるから、お願いね」

「任せておいてー」

クッキングシートの上にそっと六角星を置きながら、メローネは意気揚々と再び型抜きを生地に押し付けた。
鼻歌交じりに繰り返される作業に、ナマエの口元で笑みが浮かぶ。

「それじゃあ・・・今のうちにオーブン温めておこうかな」

メローネが丁寧にクッキングシートの上に生地を置く姿は、鼻歌を歌いながらも目が真剣そのものである。
ナマエは可笑しそうに目を細めて小さく笑うと、いそいそとオーブンのタイマーをセットした。
暫くして、くり貫いた生地はオーブンへ消えていった。
メローネが手持ち無沙汰になった様子でオーブンをじっと覗きこむ。

「メローネ、焼きあがるまで時間あるから先にエスプレッソでも飲まない?ついでに何の映画みるか決めるのも、どう?」

「あぁ、いいね」

ゆっくりとオーブンから顔をあげたメローネが頷いた。
ナマエはすぐにカップを2つ手に取ると、メローネを伴ってリビングへと向かった。
テーブルに置かれた紙袋から数枚のDVDを取り出してパッケージが見えるように並べる。

「メローネはどれがいい?」

「そうだなァ。その恋愛物がいいかな」

メローネは並べられたDVDの中の一枚を指差して、テーブルから真剣に見比べるナマエへ視線をうつした。

「これ、わたしが見に行きたいって言ってた奴だけど・・・いいの?メローネこういう恋愛もの苦手じゃあなかった?」

ナマエが数枚並んだ中の恋愛系のDVDを手に取ると、メローネへ顔を向ける。

「苦手だけど、ナマエが見たいって言ってたからね。それでいいよ」

言いながらメローネはへらりと笑って見せた。

「行きたいって何度も言ってたのに、仕事で行けなかったの気にしてたんだ」

ナマエの顔に照れたような笑みが浮かぶと、メローネは嬉しそうに微笑み返してから、テーブルに並んだままだったDVDを紙袋に入れなおした。

やがてエスプレッソのカップが空になった頃、オーブンから高らかにタイマーの音が鳴り響くと、ナマエはキッチンへと駆けて行った。
その後をメローネがのんびりと追いかける。

「どう?具合は」

「いい感じ!ほら」

オーブンを開いて中を覗きこんだナマエが顔をあげる。
その隣から、メローネはオーブンの中を覗きこんだ。

「美味しそうだ」

「もう少し待ってね。荒熱取れるまではもう少しこのままだから」

「えぇ?直ぐに食べれないのかい?」

メローネは目を瞬かせて、焼きたてのクッキーを見つめた。

「熱いよ?」

「・・・それもそうか」

ナマエが苦笑を漏らすと、メローネは残念そうに肩を落とした。

「荒熱取れたら、温かいうちに食べようか」

残念そうに眉尻を下げていたメローネがパッと顔を上げた。
じっと期待の篭った目でナマエを見つめる。

「いいのかい?」

「温かいクッキーも美味しいからね」

ナマエが言いながら小さく微笑むと、メローネはニカリと笑みを浮かべて喜んだ。
ややあってオーブンの中で荒熱を取り除かれたクッキーは、大きな皿に移されるなりリビングまで運ばれ、ほんのりと熱が残ったままメローネの口の中に消えていった。

「どう?」

「んんー!美味しいッ!!」

「良かった」

温かいクッキーを頬張ったメローネは、幸せそうに目尻を和らげた。
新たに淹れられた温かいエスプレッソと共にクッキーを頬張る。
クッキーの皿から顔を上げれば、丁度目の前のテレビ画面では甘ったるいような言葉を吐く俳優達の姿が代わる代わる映し出されていた。
メローネは画面をぼんやりと眺めながら、クッキーを口の中に放り込んだ。
チラリとナマエに視線を移すと、ナマエは真剣な眼差しで見入っている。

「面白い?」

「ちょっと・・・黙ってて」

「・・・はァい」

真剣に見入るナマエが控えめに呟く。
メローネは可笑しそうに口角を上げると、黙ってクッキーを頬張った。



テレビ画面にテロップが流れ出すと、ナマエは堰を切ったように涙を流しだした。
メローネがナマエの顔を覗き込む。

「大丈夫?さっきから泣いてるけど、余計酷いぜ?」

「だ、大丈夫じゃッ、ない!」

嗚咽交じりにナマエが言うと、メローネは苦笑いを漏らした。
映画の終盤辺りからぐずぐずと鼻を啜り始めたナマエがテロップが流れると共に号泣しはじめ、嗚咽を繰り返していたのだ。

「そんなに感動する映画だったかな・・・」

メローネがチラリとテーブルに置かれたDVDのパッケージを見やると、咎めるような声がナマエから上がった。

「ヒロインが報われない話だったじゃあないの!見てなかったの?」

「いやまぁ、苦手な事に変わりはないからね」

真っ白なパルプ製の薄い紙で涙を拭き取るナマエが、そうだったと呟く。

「オレは映画を見てなかった。それは謝るよ。ただ・・・代わりに別のものを見てた訳なんだけど」

ニヤリとメローネの口角が上がると、ナマエは不思議そうに首をかしげた。

「わたしが映画見てる間に何見てたの?まさかわたしとかいう、ベタな答えじゃあないでしょうね」

見透かしたようにナマエの視線が鋭くなった。
途端、メローネの肩が跳ね上がる。

「えッ!?いや、そんなまさか!その通りだけどね!」

「図星だったの」

一瞬苦笑いを浮かべながらも、すぐにメローネは満面の笑みを浮かべた。
可笑しそうに喉を震わせて笑ってみせれば、ナマエの鋭い視線が和らいでいく。

「もう・・・映画みて泣いてるわたしなんか見て、何が楽しいのよ」

「うーん、何だろうね。こう言えばいいのかな?泣いてる君にそそられたって」

「それ、映画のセリフじゃあなかった?」

「そうだっけ」

メローネがおどけたように言うと、ナマエから弾けるような笑い声が上がった。
一頻りナマエを笑わせると、メローネは満足そうに口角に笑みを刻んだままDVDの入った紙袋を取り出した。
袋の中身をテーブルに並べずに、既に決めていたらしい1つを手に取る。

「これ見たいんだけど、いいかな」

メローネが手に取ったのは何の変哲もないアクション映画のDVDだった。
ナマエが流れ損なった涙を拭きながら頷く。

「それ、メローネが見てみたいって言ってた映画だよね?」

「そうそう」

ナマエがもう一度頷くと、メローネはDVDをセットしてソファに深く座りなおした。

「これどんな話なの?」

「・・・えぇっと」

テロップや大まかなプロローグが流れるのを眺めながら、メローネが意地悪げにニヤリと笑う。

「グロテスク系」

「え・・・」

「キライだったよなァ」

「知ってて見るつもりだったのね!」

ニヤニヤとメローネが笑みを浮かべる間にも、テレビ画面では映画の本編が始まろうとしていた。
ナマエは諦めたようにため息をつくと、身構えるのか、ぎゅっとクッションを抱き寄せた。

「あんまりグロテスクなのは嫌なんだけど」

「さぁ、どれぐらいかは分からないな」

けたけたと笑い声を上げるメローネのわき腹をナマエが小突く。
メローネは大して驚いた様子もなくただ笑みを浮かべた。

グロテスクといっても然程深刻なものはなく、ナマエが安心して映画を見終えた頃には、既に時刻は夕方を回っていた。
2人で食べるには多いだろうクッキーも、すでに底をつきクズがちらほらと皿に残っている程度である。

「いやぁ、そこまでグロテスクじゃあなかったねェ」

にんまりと笑みを浮かべるメローネにナマエが僅かに眉根を寄せる。

「身構えたんだから」

「知ってる!」

メローネの口角が鋭くにやりと上がると、ナマエは手にしていたクッションを投げつけた。

「恋愛物のおかえしってこと!?」

「さぁ、どうかなァ」

簡単にクッションを眼前で掴み取ったメローネは、抱き込むようにクッションを腹の下に潜らせて笑い声を上げた。

「でもそこまで酷くなかったろう?」

「ま・・・まぁ、ね」

「あぁいうのなら、また見てもいいかい?」

メローネが催促するように小首をかしげる。

「・・・気が向けばね」

一呼吸置いて、ナマエはどこかつっけんどんに言った。
メローネから再び笑い声が漏れる。

「酷くないものを選ぶよ」

「お願いね」

ナマエは寄せていた眉根の皺を解くと、メローネと顔を見合わせて笑みを浮かべた。
途端、メローネの腹からくぐもった音が響く。

「うッ・・・」

「あっ、そういえばお昼も食べないで映画みてたんだっけ!すぐ夕飯作るから、我慢してて」

「ありがとう。ご馳走になっていくよ・・・」

ナマエが慌てながらも可笑しそうに笑ってソファから立ち上がると、メローネも同じように立ち上がった。
ナマエが不思議そうに首を傾げる。

「どうしたの?」

「手伝おうと思って」

さも当然といわんばかりに言ったメローネにナマエは目を瞬かせた後、とても嬉しそうに微笑んだ。



ぺろりと夕食を平らげたメローネは、嬉々としてナマエの邪魔なのか手伝いなのか分からない後片付けまで済ませた後、最後のDVDを紙袋から取り出した。

「さ、夕食もしっかり食べた事だしコレを見ようじゃあないか!」

「良いけど、それ何?パッケージからだと内容がよく分からないんだけど」

ナマエは夕食後にと淹れたカモミールティーをカップに注ぎながら首をかしげた。

「見れば分かるよ。そうだ、折角だから部屋を暗くしないかい?」

「え・・・何で?」

カモミールの香りが漂う中、ナマエが更に首を傾げる。

「雰囲気だよ、雰囲気。カモミールの香りもいいし、バッチリだと思うんだ」

「・・・そう。まぁ、いいけど」

ナマエが不思議そうな顔を浮かべたまま頷くと、メローネはDVDをセットするなり全ての明かりを消した。
ソファにしっかりと腰掛け、近くにあったクッションを全て隠すように抱き寄せる。

「まぁ、オレとしては・・・だけどね」

「何が?」

にやりと口角をあげるメローネを横目に、ナマエは目を瞬かせた。
先ほどまでちょっぴりグロテスク系な映画を見ていたときに世話になったクッションは、今はメローネの腕の中である。

「そのうちオレが必要になると思うよ」

「え?え・・・なんで?」

「見れば分かるさ」

メローネは変わらずニヤニヤとした笑みを零した。
何度も目を瞬かせ、不思議そうに首をかしげたナマエは、メローネの意図を知ることもなくカモミールティーを口に含んだ。
ごくりと飲み干し、じっと画面を見つめたときだった。
スプラッタ映像が流れ、耳を劈くような悲鳴がリビングに響き渡ったのだ。

「ヒッきゃあぁああぁぁアアアっッ!!?」

テレビから上がる悲鳴に負けず劣らずの音量でナマエが叫ぶ。

「予想通りのいい悲鳴だ」

メローネがクッションを抱き、忍び笑いを漏らす。

「メ、メローネ!!これッ!これ!!ホラー映画でしょッ!!」

「スプラッタ系のホラーだよ。食後には丁度いいだろ」

にんまりと意地悪そうな笑みがメローネの顔に浮かぶ。
ナマエは眉根を寄せるとメローネに掴みかかった。

「わたしが一番嫌いな映画のジャンルだって知ってるはずよッ」

「そうだったかな?オレ覚えてないなァ」

メローネはテレビ画面に視線を向けたまま、へらへらと気の抜けた笑い声を上げた。
恐怖と苛立ちに息を飲んだナマエがDVDを止めようと体を捩る。
途端、視線と手を伸ばした先でスプラッタ映像が流れた。

「ぎゃあッ!!」

「もっと色気のある声だしなよ」

血まみれの女が叫び声を上げる画面から逃げるように、ナマエは咄嗟にメローネの傍に飛びのいていた。

「い、色気とか!言ってる場合じゃあないッ!!止めてよメローネ!わたし本当こういうの無理なんだからァッ!!」

「こう暗いとリモコンなんて探せない」

相変わらずへらへらと笑うメローネに、ナマエは噛み付く勢いで詰め寄った。

「暗くしたの誰よッ!」

「オレだねぇ」

「探してきてよ!リモコンッ!」

「暗い中探したら、怪我するかもしれないだろ?」

言って、メローネはナマエの肩に腕をまわした。
視線はテレビに向けられたままだが、まるで人に聞かれてはマズイとでも言いたげにナマエの耳元に唇を寄せる。

「ほら見てみなよ。今度はアイツ、男を殺すんだってさ。どう殺されるかな?」

「や・・・やめてよ」

メローネの瞳が動き、ナマエの顔へ向けられる。

「見なくていいのか?でないと急に叫び声が上がるぜ」

怖くないの、とメローネが言った。
ナマエの表情に焦りと恐怖が浮かぶ。

「そ・・・それは、それはその・・・いや!消せばいいだけだから!」

「でもこの暗い中明かりをつけに行ったら、オレはどこかで足をぶつけるかもしれないぜ?」

メローネはそこで一度言葉を切った。
どうしたのかとナマエが顔を上げると、メローネはどこか楽しげに目尻を和らげた。

「それに何より、なんだかんだ言ってナマエってばオレの服にしがみ付いてるからね。ここでオレが離れたら、ナマエはソファに1人になるわけだ。耐えられるかい?」

言いながら、視線で自身のわき腹を示す。
ナマエの顔がゆるゆると動き、メローネのわき腹へと視線が動く。
しっかりと握られたメローネの服は、ナマエの手によってぐしゃりと皺が寄っていた。

「オレがここに居ない間、あのスプラッタ系ホラー・・・耐えれるかい?」

メローネが試すように言ったのと同時に、今度は野太い男の叫び声が響く。

「ヒィッ!?」

ビクリと肩を跳ね上げたナマエは、メローネに反射的にしがみ付いた。
体全身を震えさせ、テレビ画面を見ないよう目を瞑る。

「せ、せめて音消してよ!ねぇ!」

「消したらつまらないだろ。それにリモコンがどこにあるか分からない」

「このDVDつけたのメローネでしょう?どうしてリモコンがどこに行ったかわからないなんて言えるのよ」

ナマエがどこか弱々しく声を震わせる。

「そうだったね。でも・・・さっきテーブルの上に置いたと思ったけど、見当たらないんだ。どこに行ったかなァ」

「なんで・・・こんな時に限ってどこかに消えるのよ、リモコンがッ・・・!訳が分からないわ」

再び響いた叫び声で、ナマエは本格的に体を縮こまらせた。
ナマエの肩に回すメローネの腕の中にすっぽりと納まり、恐怖に震える。

「あぁホラ、見てないとまた急に叫び声があがるぜ」

「・・・後で絶対覚えてなさいよ」

ナマエがじっとりとした目でメローネを睨みつける。
しかし、メローネは至極楽しそうに笑みを浮かべただけだった。

「絶対許さないんだからッ・・・!」

ギリと奥歯をかみ締めて、ナマエは恐怖から逃れるようにメローネに抱きついた。

クッションごとメローネに腕を回したナマエは、映画が終わり、テロップが流れるまで震えていた。
事あるごとに肩を跳ね上げさせ、悲鳴も上げた。
その度にメローネはただ可笑しそうに笑っていたのだが、映画が終わった今となっては後の祭りである。
これでもかと眉間に皺を刻んだナマエが、メローネを睨みつけていたのだ。

「許さないんだからッ!」

「怖いなァ」

頬を引きつらせて、メローネが苦笑を漏らす。

「面白かっただろ?」

「どこがッ!」

「スプラッタにされた女の足が明後日の方向を向いたとき」

「止めてよ!!」

けろりと映画の内容を言ったメローネに、ナマエの肩が震え上がる。

「どうしてわたしが苦手な映画なんか持ってきたのよッ」

ナマエが怒気を含んだ声で言った。
途端、苦笑を浮かべていたメローネの表情が変わる。

「なんでって、そりゃあ・・・」

「な、なによ」

真剣にも見える眼差しで、メローネはナマエの目をじっと真正面から見つめた。

「そりゃあ、ナマエと引っ付く口実が欲しかったからね」

「・・・はい?」

とても重大な問題なんだと続けて、メローネが更にナマエの目を覗き込む。

「こうでもしないと、中々ナマエはオレに引っ付いてきてくれないからね。人前でも恥ずかしがるしさ。だから正直、今日の外出の予定が潰れてよかったよ。こうして一緒に映画を見れたんだから」

「そ・・・そんな理由!?」

じっとメローネの目を否応なしに見つめていたナマエは、その目を瞬かせた。

「引っ付きたいが為に、わたしにスプラッタホラー見せたっていうの?」

「そうだよ」

メローネはその通りだというようにキッパリと言った。
ナマエの口から盛大にため息が漏れる。

「それで、今日の予定を変更して家で映画を見ようなんて言ってきたのね?」

「その通り!お陰でいいデートができたよ」

にんまりとメローネの口角が上がる。

「だからって・・・スプラッタホラーはダメだと思うわ・・・」

ナマエは首を横に振って、脱力したように肩を落とした。
漏れ出るため息もそのままにゆるゆると顔を上げる。

「もう、夜眠れなくなちゃったじゃあないの」

「・・・エ?」

ナマエの目を覗き込んでいたメローネが、今度は目を瞬かせた。

「・・・こ、怖くて・・・1人で寝れないって言ってるのよ。どう責任とってくれるの?」

ナマエがじっとりとメローネを睨みつける。
メローネは暫く目を瞬かせていたが、ややあって嬉しそうに口角を持ち上げた。

「それじゃあ、責任として!一緒に寝るよ!」

「ただし、わたしがベッド。メローネがソファだからね」

「なんで!?」

メローネの目が見開かれると、当たり前でしょうとナマエは言った。

「あんなに怖い映画見せたんだから、当然だわ」

フン、と鼻を鳴らしたナマエに、メローネは唇を尖らせぶつくさと文句を漏らした。
しかし、ふと気がついたように意地悪そうな笑みを浮かべる。

「あぁ、それでいいよ。分かった。ただナマエが1人でベッドで寝ている間にどうなっても・・・オレは責任取れないよ」

「・・・ど、どういうことよ」

ナマエが眉間に皺を寄せる。
するとメローネは相変わらず意地悪そうに笑みを浮かべたまま、ナマエに顔を近づけて目を覗きこんだ。

「そのままの意味さ。ベッドの下から何かが這い出てきたりしてもオレは何も出来ないよってこと」

ナマエは怯えたような表情を浮かべると、僅かに後ずさってからメローネの肩をしっかりと掴んだ。
もごもごと言葉を噛み砕き、飲み込む動作を繰り返す。

「どうしたんだい?」

「し、仕方ないから・・・今日は一緒に寝てあげてもいいわよ」

ナマエは呟くように言った。

「今日だけ、今日だけだからね」

メローネは僅かに目を見開いたが、すぐに頬を綻ばせた。

「今日だけといわず、毎日どうだい?」

「引っ叩くわよ!」

へらりと笑みを浮かべるメローネをキッと睨みつけて、断言するようにナマエは言い切った。

「今日だけなんだから!」

「・・・それは残念だ。オレとしては毎日でもナマエと引っ付いて居たいんだけどな」

メローネは大仰に肩をすくめてため息をつくと、寂しそうに表情を歪めた。
僅かにナマエからうめき声が上がる。

「引っ付くのはともかくとして・・・あ、遊びに来るぐらいなら、何時だっていいのに」

「え・・・本当かい?」

「いつもデートは外だしね。・・・まぁ、家で映画鑑賞とか悪くないし、一緒に料理するのも楽しかったから、いつでも好きなときに遊びに来ていい・・・かな」

もごもごとナマエが呻きながら呟く。
今まで浮かべていた表情はどこへ行ったのか、頬を綻ばせたメローネはナマエがハッと気づくよりも早く飛びつく勢いで抱きついていた。
体格のいい男性1人分の衝撃を受け止めたナマエから、更にうめき声が上がる。

「あぁッ本当に!オレはナマエのそういうところが好きだよ!!また今度一緒にホラー映画でも見ようじゃあないかッ!何ならアダルト映画でもいいんだよッ」

声を上ずらせながら高らかに宣言したメローネが、頬に強い衝撃を受け、昏倒したままソファで寝る事になるのはもう少し先である。