長い髪

「カーズさんはさぁ、」

「カーズ様と呼べ」

彼女、苗字ナマエは言葉を遮られるのがあまり好きではない。それはもちろん好きだという人間の方が珍しいくらいだろうがしかし彼女は特にそれが嫌いだった。
おまけに話しかけた先の究極生命体とやらはなんとナマエの方を見向きもしない。彼女にしてみればこれはもうほとんど無視である。ナマエはムスッとした表情で再び話しかけた。

「……カーズさん」

あくまでさん付けを通そうとする辺り、彼女がいかに意地っ張りであるかというところが窺える。カーズは溜息をつくでもなく眉根を寄せるでもなくただふいと首だけでこちらを向いた。

「……一体何の用なのだ、貴様のような下等生物は黙って洗濯でもしていろ」

「あたしが勝手に家事やると吉良さんに怒られるからだめよ。──じゃなくて、そういう話じゃあなくって」

先程より一層不機嫌そうなしかめっ面を見せつつナマエは続ける。

「カーズさんは、その、髪の毛」

長過ぎる程に長いその毛髪を人差し指で示され、カーズは不思議そうに1束つまみ上げる。

「……ふむ」

「──邪魔じゃないの?」

「邪魔、などと思ったことは無いが。──ふん、確かに長過ぎる気もしないでもない」

その言葉を聞きナマエはぱあっと表情を輝かせる。彼女はいつもちょっとしたことですぐに、周りからしてみれば非常に突然にコロッと機嫌を変えるので、他の住人からはいい加減呆れられている。部屋の電気のスイッチをつけたり消したり忙しなく繰り返しているようだな、なんてよく分からないことをぼんやりと思いながらカーズは明るすぎる電球のような笑顔を見下ろす。

「んじゃ、くくってみない?」

「首をか」

「んなわけないでしょうなんでそんな自殺みたいなことしなきゃいけないのよ。髪の毛よ」

ふむ、髪を結いたいと言うのか。改めて考えると自分でもやはり長過ぎると思う髪を指先で弄びながら、カーズは思案する。

「……まぁ、やってみろ」

「えっ、いいの」

自分から言ったくせに目を丸くして驚くナマエに、にやりと笑んでみせる。

「貴様がうまく結えたら、これからはケチらず1日に1回は髪の毛をいじらせてやってもよかろう」

「えっえっなんで! カーズさん今日機嫌いいの!?」

カーズは、馬鹿みたいに目を見開いてぴょんぴょんと飛び跳ねるナマエを相変わらず呆れるでも怒るでもなくただ平然とした表情でつつく。

「おい、早くしろ」

「えっうんそれはもうハイスピードで! あっえっとカーズさんどうしようポニーテールがいいよね!きっと一番似合うよね!」

「やかましい」

いつになくハイテンションなナマエは、カーズにすっぱりと言い捨てられ苦笑いで肩をすくめる。

「……ごっめん、ちょっと待ってて。ブラシとヘアゴム持ってくるから」

棚の方へ膝歩きで向かうナマエを横目に、カーズは自分の髪の毛を軽く手で束ねてみる。……これは確かになかなか、悪くない。

「髪を結うのも、良いかもしれぬな」

手首にヘアゴムを通しブラシを持って戻ってきた彼女にぽつりと呟いてみると、突然どうしたんだとでも言いたげに、不思議そうにこてんと首をかしげた。

「纏めておけば邪魔にならないだろう」

「……あー、……そうね」

「言い出したのは貴様の方ではないのか」

「いやごめんって、特に利便性とか考えてなくて単純にカーズさんのポニーテールが見たかっただけで」

そこでやっと、初めてカーズが眉を寄せ顔を顰める。

「ぽにー、ている」

「えーと、さっきカーズさんが手で1つに纏めてたでしょ。あれを高い位置でやるのがポニーテール」

「なるほど、あれか」

「そう、あれ」

高い位置で結ぶならそれこそ今までよりすっきりと纏まるというか、束が垂れてきて邪魔になるということはないだろう。いやしかしこれほど長いのだから多少はそういうこともあるだろうけれども。

「まぁ何でもよい。早くしてくれ」

手鏡を片手になんだか若干嬉しそうなカーズに、思わずくすりと笑みがこぼれる。

「はいはい、焦らない焦らない」

こんな──ナマエ曰く『ごつくて厳つくて意味不明な人外』でも、なんだかたまに、ふとした瞬間にとても可愛らしく感じる。これだからたまらない。これだから、良いのだ。ナマエはにこにこと嬉しそうにカーズの髪をなでた。

2015.08.15